第5話
港に戻ると、観光客は興奮したようすで突然現れた桜の花びらのことを話しながら、船を降りて行った。僕はデッキに座ったまま、しばらく動けないでいた。後ろに船頭のおじいさんが来たことも気づかなかった。
「行ったか」
僕はのろのろと振り向いた。てっきり、早く降りろと言われるものだと思っていたので、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。おじいさんは船に残った花びらを見つめながら、目を細めた。
「綺麗だったな」
僕は呆然と頷く。彼にはわかっていたんだろうか、光が人間ではないことが。思考を読んだかのように、おじいさんは言った。
「わたしにも昔、同じようなことがあってね。あんたはいい貰い物をしたな。わたしは何にも形になるようなものは、残せなかった」
そう言われて初めて、手に温かい感触があることに気が付いた。淡い花びらの色をして、柔らかそうな卵型だった。でも改めて触ってみると、硬質な感触がした。
「桜瑪瑙だな」
と、おじいさんは言った。空にかざすと、その輪郭は風の色に光った。
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