第3話

 光は、バスに揺られながら、こそこそと話をした。主婦らしい女の人や、大学生みたいな見た目の人が、僕らの制服をちらちらと見ている。僕はすこし決まりが悪くなるが、光はそんなこと気にならないらしかった。

 駅前でバスを降り、どうにか所持金で間に合いそうだと思いながら、電車に乗り換える。海に向かう電車は空いていて、僕らの他には観光客らしい外国人がふたりいるのみだった。向かい側の席に人がいなかったので、トンネルを抜けたあと車窓から海が見えた。空より数段濃い色の波は、陽光を浴びて、きらきらしていた。

 目的地に到着し、電車の扉が開くと、早速潮の匂いがした。風の通りがいいプラットホームで、光は大きく息を吸い込んで伸びをした。

「やっと着いた。僕、海来るの初めてなんだ」

「そうなの?」

 この近辺は校外学習でよく来るイメージだ。やはり私立は違うのだろうか。もっとも、彼がどこの学校に通っていたのか、僕は知らないのだった。彼の制服は、近隣のどの私立の中学校のものとも違っていたからだ。

 改札を通って表に出、透明な日差しのなか海沿いを歩いていくと、すぐに船着き場が見えた。古そうな、こじんまりとした船が、ロープで繋がれている。光は本当に海を見るのは初めてらしく、「海だ!船だ!」とはしゃいで、危なく海に落っこちるところだった。

 受付に行くと、まもなく船が出るということだったので、光はくしゃくしゃのチケットを差し出した。かなり古い紙だったにもかかわらず、それはちゃんと受理された。船頭のおじいさんは僕らの学生服をちらっと見たが、特に何も言わなかった。

 僕らの他には、電車にいた外国人と、食べ歩きをして船の出発を待っていたらしい関西弁の観光客3人がいた。僕らは一番後ろの席に座って、何年も前から使い古されている単調な音声ガイドをきいていた。エンジンの振動がぶるぶると身体に伝わる。

 船がゆっくり動き出すと、観光客と光がわあっと歓声をあげた。たかだか田舎の船くらいで、と斜に構えてみたものの、久しぶりの船に乗る感覚に、僕も少しどきどきしていた。

 船は悠々と海を進んでいく。さまざまの小島を通りすぎ、昆布の養殖場を通り過ぎ、さらに沖へ。

窓に吸い付くようにその光景を見ていた光は、おもむろに席を立った。

「デッキにいこう」

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