第2話:魔力と喪ったもの

「と、とりあえず貴女の体が小さくなった事については説明がつきます」

 いち早く衝撃から立ち直ったのは、側近のルーファス様だった。

「この世界では、貴女のように異世界から突然やってくる人が稀にいます。

『渡り人』と呼ばれる彼らは総じて魔力が高く、魔力に順応するために髪や瞳の色など外見にも変化が見られるようです。

 また、この世界で生まれた者の中にも、魔力が高い事によって生まれつき指が一本多かったり、成長が途中で止まってしまう人もいます」

「つまり、私の場合は魔力が高すぎるあまり体が縮んだ、という事ですか?」

「厳密に言うと幼児化でしょうか。現に貴女の顔は、失礼ながらどう見ても幼い子供にしか見えません」

 はた、と両手で頬を包み込む。確かにお肌はもちもちのプリプリだ。そういえば自分の姿をまだ見ていなかった。


 私の仕草を見て察したシャノン様が、すぐさま布のかかった姿見を持ってきてくれた。私に確認してから布を外して見せてくれる。気遣いもできる有能な人だ。

「ちっっっちゃ!!」

 分かってはいてもつい叫んでしまう。やはりどう見てもチビっ子だ。肌もふわふわもちもちプリプリで、勿論シミやシワもない。あいにく美少女に変身した訳ではなく、私の七五三の時の写真そのままの姿だ。推定3歳くらいだろう。

「コレ、細胞から若返ってる?視力も戻ってるよね?あれ?古傷とかどうなってんだ?手術痕は??」

 鏡の前でブツブツ言う私の背後に立つ人影に気づいて振り返ると、両肩をガシッと掴まれた。医者のロイ様だ。

「あら、アナタそういうの気になっちゃうタイプなのね?イイじゃない!一緒に謎を解き明かしましょ」

 プラチナブロンドの長い髪に縁取られた整った顔に、左目のモノクルがキラリと光る。よく見ると、右の瞳はアイスブルー、左の瞳は金色のオッドアイだ。この人も魔力が高いのだろう。

 褐色の肌に瞳の色が映えるなあ、と見惚れてしまう。例えその目に狂気をはらんでいたとしても。


「そこまで」

 スパーン!という小気味良い音を立てて、ロイ様が後頭部を叩かれた。王子様だ。ようやく立ち直ったらしい。

「このマッドサイエンティストにあまり気を許してはいけないよ?下手すると実験動物扱いされかねない」

 ご尊顔は笑顔の相好を崩していないが、妙な威圧がある。少々ご気分を害されているようだ。

「ええと…ヒトゥーミ?ヒットーミ?」

 自動翻訳でもされているのか、言葉は通じている。しかし発音が違うようで言い辛そうだ。

「ヒトミです。――ああ、発音し辛ければ…そうですね、アイとでもお呼びください。瞳もアイも、同じ『目』という意味なので」

 勿論ファミリーネームの『ショウジ』でも良いですが、と付け加えると、言葉の響きが男性名のようで違和感があるそうだ。

「では、アイと呼ばせてもらうよ。アイは、どうやってこの世界に来たか覚えているかい?」

 私は自分が覚えている限りの事を説明した。元の世界で登山中に滑落したこと、気がついたらこの世界の森にいたこと、辿り着いた道で荷馬車に遭遇したこと、男達に追いかけられたこと。

「――捕まえられて叫んだら、胸のあたりから光るエネルギーのようなものが溢れ出て周囲を包み込みました。後のことは覚えていません」

 説明しながらふと気になった。あの男達はどうなったんだろう。


「そう!その光だよ!」

 護衛騎士のオスカー様が前のめりになって話に入ってきた。

「城からも見えたんだぜ、その光。天に届く光の柱がいきなり出現するわ、ものすごい魔力量だわで、何事かとオレ達騎士団が調査に向かった訳だ」

「では、私を男達から救って、保護してくださったのはオスカー様方なのですね」

 ありがとうございます、と頭を下げると、オスカー様は頭を掻いた。

「いや、まあアイを保護して城に連れてきたのはオレらなんだけど、男達は――」

「オスカー!!」

 王子様が鋭い声で遮った。

 オスカー様もしまった、という表情をしている。

 ドクン、と心臓が跳ねた。

「男達は、どうなったのですか?」

 尋ねながら、皆の顔を見る。

 気まずそうな顔。オスカー様を横目で睨む顔。悲しそうな顔。逸らされた顔。

「何が、あったのですか?

 私は当事者です。知る権利はあると思うのですが」

「――彼らは、死んだよ」

 王子様が答える。

「どうして、ですか」

 震える声を振り絞る。

 心臓がうるさい。

 王子様が言葉に詰まる。

「私が、殺したのですか」


「――魔力が暴走したんだ。アイは悪くない」

 王子様が言う。

「それでも、私のせいです」

「彼らが貴女を拐かそうとしたと、荷馬車にいた御者が証言しています。渡り人に危害を加えようとした時点で、この世界では死罪です」

 ルーファス様が言う。

「それでも、殺したのは私です」

「たとえ奴らが無事だったとしても、オレが殺していた」

 オスカー様が言う。

「それでも!無意識でも、事故であっても、私が原因で人が死んだ事には変わりありません」

「――難儀な性格してるのねぇ」

 泣きながら言い募る私を、ロイ様がそっと抱きしめた。あやすように、ポンポンと背中をたたいてくれる。

 いや、コレ確実にあやしてるな?

「――ロイ様?私は子供ではありません」

 お陰でちょっと冷静になった。抗議の声を上げながら、ロイ様の腕をポンポンたたく。

「そうね。責任感のある立派な大人だわ。

 で?大人のアイちゃんはどうしたいの?」

 見上げると、優しく微笑むロイ様と目が合った。

 ロイ様の胸をそっと押して体を離し、袖で涙をグイッと拭く。皆の顔を見て背筋を伸ばす。

「まずは二度と魔力が暴走しないように対策を。

 あとは、この世界で生きていくために必要な事の学習。

 何より、亡くなった方々のご遺族がいるならサポートを早急に。

 ――どれも皆様にご助力をお願いする事になりますが、よろしくお願いいたします」

 再びお手本のような座礼をした。


 魔力がコントロールできるようになったら、ご遺族に謝罪しに行こう。

 この世界の様々な事を学び、元の世界の知識をこの世界の人達のために役立てよう。

 人として真っ当に、人のために生きる事が、彼らに対する私なりの贖罪だ。


―つづく―

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コロナ禍のマジメさんが異世界トリップしたら幼女になった にゃりん @Nyarin_AV98

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