コロナ禍のマジメさんが異世界トリップしたら幼女になった

にゃりん

第1話:滑落したら異世界だった

 ようやく緊急事態宣言が解除された週末、私は久しぶりにトレッキングへと出かけた。

 それでも極力他人との接触は避けた方が良いよね、と考えて滅多に人が入らない低山を選んだが、思った以上に山は荒れていて、道も細くなっている。

 トレッキングというより探検だなあ、と嬉々として登っていると突然、足が宙に浮いた。踏みしめる筈の地面が消え、あっという間に体は木にぶつかり、跳ね上げられ、岩に叩きつけられ、為す術もなく下へ下へと落ちていく。

 足元の道が崩れたのか、と理解したところで意識は途切れた。



 ――そのハズよね?

 意識を取り戻した私は、あたりを見回して呆然としていた。

 見渡す限り鬱蒼とした森の中。

 さっきまでいた山の中とは違う、だだっ広く平坦な森だ。

 とりあえず怪我の応急処置を、と自分の体に目をやり、途方に暮れた。

 あれだけ全身を叩きつけられたにも関わらず、体はどこも痛くない。痛くはないのだが。

「ちっっっちゃ!!!」

 視界に入る手も足も、見慣れたサイズではなかった。

 身近に子供がいなかったので正確には分からないが、恐らく3〜4歳くらいの体型だろうか。

 いや私アラフォーなんですけど。

 そこまでならまだ「前世の記憶が戻った幼児」とか何とか説明がつけられるけれど、着ているモノがどう見ても、さっきまで大人の私が身につけていた登山ウェア。近くにザックもある。

 モノが一緒に転生でもしない限りありえない。

 なんだコレ。


 うん、夢だな。

 たぶん現実の自分は集中治療室にでも入ってるんだろう。いやひょっとしたらまだあの場に横たわっているのかもしれない。

 そう結論づけたけれど、どうもこの夢はリアルすぎて納得し切れない。五感はオールクリアだし腹も減ってきた。

 とにかく何かアクションを起こしてみよう。誰か話の通じる人に会えるかもしれないし、途中で目が覚めるかもしれないし。

 とりあえず、人に会うなら身なりを整えなければ。松の廊下状態のトレッキングパンツは脱いで、靴下と一緒に畳んでシューズとザックの傍に置いておく。

 ザックの中からサンダルを出して履き、パーカーの袖を捲りに捲って、貴重品を入れたサコッシュの上から羽織り、ファスナーもしっかり閉める。これで何とかワンピースのように見えるだろう。たぶん。


 コンパスで方角を決め、トレッキングポールを1本持ち、荷物をデポした所へ戻れるように、時々目印をつけながら歩き出す。

 さあ冒険のはじまりだ。

 人を探すため、それが叶わなければ水場や食料になりそうな物を探すための冒険。

 怖さ半分、好奇心半分。ドキドキしながらもズンズンと歩みを進めていった。



 どれだけ歩いただろうか、やがて前方が明るくなってきた。

 広い道だ。蹄の跡や轍もある。

 舗装路ではないが、馬車はある。ある程度文明の発達した世界のようで安心した。

 ここで待っていれば、誰か通るかな。

 道の端っこに戻り、草の上に座り込む。

 さすがに疲れた。足が短いから距離が稼げないし、ぶかぶかのサンダルのせいで変なところに力が入ってかなりしんどい。トレッキングポールがなければきっとここまで辿り着けなかっただろう。

 チビっ子の体力のなさを舐めてたなあ。電池切れそう。


 耐えきれずにウトウトし始めた頃、遠くから音と振動が近づいてくるのが分かった。音のする方へ目を向ける。

 荷馬車のようだ。手綱を持つ御者と、その他に男が3人乗っている。

「ああ?ガキじゃねえか」

 私に気づいた御者が荷馬車を止め、男達が何でこんな所に一人で?と言いながら近づいてきた。

 良かった、言葉は通じそうだ。

「あ――――」

 言いかけて、はたと口を噤む。

 何て説明したら良いんだろう?

 山から落ちたらこの森にいて、体が縮んでいましたアラフォーです?

 誰が信じるんだそんな話。

「親はいねえのか?」

「妙な格好してるな」

 言葉をなくした私をよそに、男達はそんな会話を続ける。

「まだ小さいし、何も分かってないんじゃねえか?」

 一人がそうつぶやくと、男達の目つきが変わった。

「服は高値で売れそうだな」

「中身も悪くねえ」

「おぅい、嬢ちゃん。腹減ってないか?おじさん達が美味いもの食わしてやるからコッチおいで」

 私は咄嗟に背中を向けて走り出した。

 怖い。売られる。下手すりゃ殺される。

 必死に走ったが短い足がもつれ、すぐにバランスを崩して転んでしまった。

 すかさず男達の手が伸びる。掴まれる。

「いやああああああああ!!!」

 力の限り叫んだ。

 その瞬間、胸の奥から膨大なエネルギーのようなものが湧き出した。

 エネルギーは強烈な光となり、目の前の男達もろとも一帯を包み込み、やがて消滅した。

 私は酷い貧血を起こした時のように急激に力が抜け、そのまま意識を失った。



 目を覚ますと、そこはベッドの上だった。見慣れた景色ではないが、周りがカーテンで仕切られているので病院だろう。

 夢だったのか。そりゃあそうだよね。

 リアルだったなあ、と苦笑しつつ起き上がる。

「ちっっっちゃ!!!」

 思わず叫んだ。体はチビっ子のままだ。

 え、じゃあコレ現実?それともまだ夢を見てるの?

 あらためて確認すると怪我はなかったが、服は着替えさせられている。シンプルなワンピースというか、ヘムレンさんみたいな格好。寝間着だろうが、やけに肌触りが良い。

 ベッドの周りのカーテンも、よく見ると間仕切りではないようだ。いわゆる天蓋付きベッド。どう考えても身元不明の子供には分不相応だ。何だかとんでもない事になっているようで冷や汗が出る。


「気がついたようだね」

 柔らかい男性の声。開けても良いかい?と問われて返事をすると、カーテンがゆっくりと開かれた。

 西洋風の見目麗しい男性が3人、メイドさんらしい美女が1人。中性的なエキゾチック美人さんが1人。

 わあ眩しい。皆さん揃いも揃ってゲームのキャラみたいデスネー。

 我が身を振り返ってちょっと卑屈になりそうになったのをグッと堪えて口を開く。まずは状況を把握しなければ。

「あの、ここは何処でしょうか?どうやら迷子になってしまったようで、全く見当がつかないのです。それにこの部屋は、病院にしては豪華すぎると思うのですが」

「!…ここは、ベアフォレスという国だよ」

 一瞬驚いたような顔をした後、薄い金色の髪とアイスブルーの瞳をした「ザ・王道イケメン」が答えてくれた。カーテン越しの声の人だ。

 黒髪イケメンが続ける。

「ここは国王もおわす城の一角、この御方は、第3王子であるウィルフレッド様だ」

 ヒュッと喉の奥が鳴った。

 王子!?王子って言ったの今!?

 慌てて姿勢を正して正座しようとする私を見て、王子様は優しく制した。

「ああ、そんなに畏まらなくていいよ。この部屋は私の私室だし、公式な場でもないから楽にして。護衛もいるし、怪しい者は近づく事もできないから、まずは落ち着いて安心してほしい」

 いやこちとら只の一般市民ですよ?城とか言われて、しかも目の前にいるのが王子様と聞いて落ち着いていられるか。

 ああ今すぐ平伏したい。路傍の石になって、嵐が何事もなく過ぎ去るのを大人しく待っていたい。その昔、運悪く大名行列に行きあった旅人もこんな気持ちだったんだろうか。

 そんな私の気持ちをよそに、王子様は次々にメンバー紹介をしてくれる。

 黒髪イケメンが側近のルーファス様、赤茶イケメンが護衛騎士のオスカー様、メイドさんがシャノン様、エキゾチック美人さんが医者のロイ様。

 メイドさんを含めて全員お貴族サマだそうだ。ますます気が休まらない。

「追々困った事や分からない事が出てくると思うけど、シャノンをキミの専属にするから後でいくらでも質問攻めにしていいよ。――ところで」

 王子様のアイスブルーの瞳がキラリと光る。

「キミは、この世界の人じゃないよね?」


「――はい。恐れながらベアフォレスという国名を耳にした事がございません」

「キミが知らないだけ、という可能性もあるよね」

 悪戯っぽい笑顔で聞いてくる。王子様はどうやらこういう掛け合いがお好きなようだ。

「私の国は庶民もある程度の教育を受けております。世界の主要な国々の名前くらいは学んでおりますが、過去を含めても記憶にございません。――それに」

 私もニッコリ微笑んで答える。

「王子様方を拝見する限り、ベアフォレス国が世界の主要国に名を連ねないとは到底思えません」

 王子様は少し目を丸くして、声を上げて笑った。どうやらお気に召したようだ。

「確かに、教育はしっかりしていそうだね。――という事は、キミは庶民なのかな?」

「はい、先祖代々由緒正しい庶民です。私の国は――」

 はた、と我に返った。

 これはマズい。どうしよう。真っ先に思い出さなければならなかったのに。

「おい、どうした」

 みるみる顔色が悪くなっていく私を見て、側近のルーファス様が声をかける。

 私は慌てて布団を頭から被った。


「ち、近づかないでください!!」

 皆が戸惑っているのが布団越しにも分かるが、こうするしかない。

「わ、私のいた世界では、ある感染症が蔓延していたのです。私も感染しているかもしれない。だからお願いです、近づかないでください」

 震える声で言い募った。

「この病気は、会話などをした時に飛ぶ唾液の飛沫や、それを含んだ空気から感染します。風邪によく似た病気ですが、血の巡りや胸を悪くして、重症化すれば死に至ります。しかも、感染すると無症状のうちに他の人にも伝染すのです。ひょっとしたら私も罹っているかもしれません」

 本当に申し訳ございません、と心から謝罪した。最後は涙声で震えていたけれど、ちゃんと聞こえているだろう。

 この世界の人々にとっては、恐らく未知のウイルス。そんなモノが持ち込まれれば、きっとひとたまりもないだろう。抵抗するすべも無く、瞬く間に全世界へ蔓延し、下手をすればこの世界は滅びる。


「なんだ、そんなことか」

 呆れたような王子様の声が聞こえるや否や、私の被った布団が勢いよく捲られた。

 私が必死に押さえた頭の方ではなく、足元から。スカートめくりのように。

「きゃああああああっ!?」

 その勢いで寝間着も捲れ、思わず大声で叫んだ。

 王子だからってやって良いことと悪いことがあるでしょう!?

 他の男性陣は紳士のようで、みな瞬時に目を逸らしてくれた。アンタも見習いなさいよエロ王子!

 にじり寄ってくる王子様と距離を取ろうと後ずさるけれど、すぐに壁に行き着いてしまった。せめてもの抵抗と感染対策に、枕を自分の顔に押し当てる。

 王子様は、そんな私の頭を枕ごと腕の中へ抱き寄せた。

「安心しなさい。私も彼らも、病気には一切罹らないから」

「――ふぇ?」

 枕を押し当てているせいで、変な声が出てしまった。

 枕から少し顔を上げて見ると、医者のロイ様が補足してくれた。

「本当ですよ?我々魔力を持つ者は、無意識に自衛しているため、病気には罹りません。過去に異世界からもたらされた病気もありましたが、罹ったのは魔力を持たない者だけでした。それも浄化魔法ですぐに治りましたから、安心してください」

 本当?と王子様に目で訴えると、優しい笑顔で力強く頷いてくれた。

「――良かったああああああ」

 枕を外し、心から安堵の声を上げた私を、みんな微笑ましい目で見守っていた。

「それより王子様、そろそろ彼女を離してあげたらどうです?幼いといっても教養のある立派なレディですし」

 護衛騎士のオスカー様の窘める声を聞いて、そういえば自己紹介をしていなかったな、と気がついた。

 王子様の腕をそっと引き剥がし、みんなの顔を一瞥してニッコリと笑い挨拶する。

「あらためまして、私は日本という国から参りました、東海林瞳と申します。東海林が姓、瞳が名です。――ちなみに」

 自然と笑みが深くなる。ちょっと悪戯っぽい笑顔になってしまったのは許してほしい。

「ちなみに私、今年で35歳になります。よろしくお願いいたします」

 お手本のような座礼をして顔をあげると、一番驚いた顔をしていたのは王子様だった。さっきのスカートめくりの罪は、その表情でチャラにしてあげよう。


 ―つづく―

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