第44話 進路相談




カインから下された沙汰に、ルルは小さく息を吐く。


その顔にあるのは諦念だ。

無理に作られた笑みをユートに向けると頷き、そのまま目を閉じてしまった。


里外との接触を禁ずるとは、つまりは一生をこのハインの里で過ごす事となり……ユートとの冒険を続けられない事を意味していた。


もう見る事のできない未来だが…霧の調査が終わり里へ凱旋できたとして、その後も一緒にパーティを組みたいと思える仲魔だったのだ。


里に決められたルールを破った罰は受けるべきだろう。

しかし、その禁忌破りの行為はいずれもユートを助けられるために引き起こされたものだ。

厳し過ぎる仲魔の処遇にはいそうですか、と納得できるはずもない。


そこまで考え至った時、ユートはダンっと音を立て立ち上がっていた。


彼は今丸腰だ。

誘拐されるように連れて来られた際、装備は全て取り上げられてしまっていた。

それでも…もしもの際は里を敵に回してでもルルを救い出すつもりでいた。

彼女には返しきれない恩があるのだから。


覚悟を決めたユートを見上げる形となったカインは、射抜くようなユートの目を受けても動じることはない。

それどころか足を組み、背もたれに身を預ける余裕さえあった。



「禁ずる……と。

頭の固い老人どもは言うであろうな」



緊迫していた場の空気が変わった。



「ルルシラよ。

お前は『ダークエルフ』になる気はあるか?」



予想外の問い掛けにルルが目を開く。

言葉の意味が分からないといった顔だ。



「私が『ダークエルフ』に……ですか?」


「そうだ。

爆発にその身を捧げ、真っ当なエルフの道を外れる覚悟はあるのかと訊いている」



考えるように押し黙るルルの隣で、立ち上がったものの話についていけないユートはへたり、と腰を下ろすしかなかった。

一体ルルに何をさせようと言うのだろうか。



「あぁ、お前には計りかねる話だったか。

要は進路相談のようなものだ。

……だからあまり睨まないでおくれ」



やれやれ、と肩をすくめつつもカインは説明をしてくれた。


エルフの里には役職に応じていくつかの階級がある。


階級の一番下……見習いエルフ。

ルルがこれだ。雑務全般なんでも任される。

出会った当初は『熟練の』などと言っていたが、見習いは見習いだ。


その上の階級…見習いを統率し、さらに上役との連携の要となるエルフ。

里外の任務を主にする彼女らは、中間管理職として胃痛に悩まされる者が多いのだとか。


そして里の幹部となるハイエルフ。

里長や副長であるカインがこれに当たる。

戦闘力の高さはもちろん、非常に思慮深く皆に頼られる憧れの存在……とはカインの談だ。


程度の差はあるが基本はこれらの階級がエルフの里を組織しており、マーガレットのような『杖使い』など少数の特記戦力が各地の里の特色となっているらしい。


その杖使いと並ぶ特記戦力が『ダークエルフ』なのだ、と。

火薬や火を操り森の民の名に似つかわしくない活動を主とするダークエルフは、ニンゲンで言うところの工作兵のような扱いらしい。



「我が里にもかつてはダークエルフが一人いた。

ルルシラも名前だけは知っている人物だが……今は行方不明だ。

まったく…こんな時こそ奴の出番だというのに」



行方不明と口にするカインの眉間に、深い皺がもりもりと刻まれていく。

里の一大事である今、成すべきこと成さないその者に憤りを感じているのであろう。


ルルに聞くと…規律に厳しいエルフ社会の中で、何者にも縛られず行動している変わり者がいたらしい。

ルルが物心つく頃には既に行方不明扱いだったそうだが……『爆発の矢』はこの者の作業場からくすねてきたものだった、と小声で教えてくれた。



「聞こえているぞルルシラ。

奴がいれば……いや、せめてお前が根こそぎ持ち去った『爆発の矢』があれば、テンペスト相手にも勝機があったというものを」



その言葉を聞いてようやく、カインが言った意味を理解する事ができた。

顔を上げたユートの様子を見て「これ以上の説明は不要だな」とカインは話を戻した。



「ダークエルフとなれば、己の裁量で行動が許される……里に害を為さない範囲でな。

任務の一環としてニンゲンと行動を共にする事も有り得るだろう」



ルルの表情に光が差した。



「むろん、なりますと言って必ずなれるものでもない。

身を焦がす修練の果てに可能性があるかもしれん、という程度だ。

それに……」


「はいっ!カイン様!なります!

私、ルルシラはダークエルフになります!」


「ええい!話を遮るでない!

人の話は最後まで聞けと教わらなかったのか!」



閉ざされたと思われた未来に光明が見えた事が嬉しかったのか、お叱りを受けたにも関わらずルルの顔は燦々としている。



「まったく誰に似たのか……よくよく考えろと言っても答えは変わらぬだろうな。

だが、よいな?あくまでもダークエルフになる事ができれば、の話だ。

それまでは外出の一切を認めん。

何十年かかろうとも休み無く修練する事を科す」



これ以上ない話だろう。

今後ルルと会えないばかりか、将来に希望が持てないと思われていたのだ。

今すぐとはいかずとも、ダークエルフとなれば大手を振って冒険に行ける。

罪人から一転して出世コースへの道が開けたようなものだ。

話がうますぎて不安になってくる。


わぁいわぁいと喜ぶルルの向かいで、カインが不敵に笑っていた。

うまい話には気を付けろとはよく言うものだが…何か裏があるのだろうか。



「なんだ、疑っているのか?

これは里のためでもあるのだ。罪人として遊ばせておく程生産性がないものは無い。

なにより、変人と呼ばれるダークエルフの成り手などまずおらんからな」



ダークエルフになれ、と言う提案は打算的なものであったか。

だが損得を基準にするこのハイエルフは信用できる、とユートは確信めいた信頼が芽生えていた。

変人……については、ルルは十分才能があるだろう。



「まぁ…もっともらしい理由を付けたが……

私は頭の固い老人にはなりたくないのだ。

励めよ、ルルシラ!」


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