第43話 副長カイン




「お前には魔物の退治を依頼したい」



静まり返った場に、副長であるカインの声が響く。


魔物の退治……?

魔族として括られるエルフの同胞を手にかけるということか。



「同胞に対して手を出す事は、我々も気が進むものではない。

それに、お前が魔族に対して好戦的ではない事も調べがついている。

それでも、だ」



カインをはじめエルフの面々が鎮痛な面持ちを浮かべていた。

ただならぬ事情があるのだろう。



「奴は、我々エルフの天敵とも言える魔物でな。

霧に侵され話し合いができないどころか、あろうことか我々の秘宝に手を掛けてしまった。

このままでは『森人の魔霊薬』を晩酌に出す事ができないのだ!」



うっ、と数名のエルフが咽び声を上げる。

里の大切な秘宝『森人の魔霊薬』が脅かされ、晩酌に出せない事が辛いのだろう。


同情を寄せかけたユートだったが、カインの言葉が引っかかる。

今、彼女は『森人の魔霊薬』と言ったのか?

それを…………晩酌に?



「なんと!こっそりと拝借していたあの酒が飲めないと?!

私が里を離れている間にそんな事が!!」


「黙れルルシラ!ニンゲンはともかくお前は罪人なのだぞ!

さらにハイエルフにのみ許されるあれを盗み飲みしていたとは!」



しまった、という顔でユートの影に隠れるルルだがもう遅い。

罪を重ねてしまったルルには重い裁きが下されるであろう……。



「……ルルシラへの裁きは後だ。

つまりはこの魔物の退治、これをニンゲンに科す。

これをもって裁きとし、成し遂げた暁にはその身を解放すると約束しよう。

もちろん、褒美も与える」



いいですね姉上?とカインは確かめると、サイバンチョー改め里長ハインは大げさに頷いた。



「あの味を思い出したら切なくなってきた……

もうこの場は解散で良い。

後はカインに任せ、皆通常業務に戻れ」



そう告げると肩を落とし退場し、法廷に集っていたエルフ達も重い足取りで場を後にして行く。

後にはカインとユート、それとルルが残された。



「まったく…縄ぐらい解いていけというのに。

窮屈な思いをさせてしまって申し訳ないな、ニンゲンよ」



カインはそう言うと手を広げる。

裁判ごっこの際にユートへと向けた挨拶だ。


と、同時に…ユートの腰に結び付けられていた縄がプツンと千切れる落ちる。

何をされたのか分からないが、これで囚われの身でなくなったのは確かだ。



「あのぅ、カイン様?

私の縄は解いてくださらないので…?」



自由の身(仮)となったユートとは反対に、ルルの縄はぴくりともしない。

ぴくぴくとしているのはカインの青筋だけだ。



「ルルシラ……お前は里の禁忌を犯した罪人なのだぞ?

何を言っているのだ、恥を知れっ!」



あぁ、ルルはこういう子だった……。




*****




カインの案内で客間に通されたユートは、縄に繋がれたままのルルと共に「依頼」の説明を受けていた。


状況はこうだ。

数日前、霧に侵された一人の魔物がエルフの里に流れ着いた。

それは里で一悶着を起こし、秘宝が祀られている洞窟に居着いてしまった。

霧が自然に抜けきれば話し合いの余地もできるであろうが、その数日の間晩酌ができない事はとても耐えられるものではない。

何度か力による排除を試みたが、エルフ達総出でかかっても霧によってアルファモンスターとなった魔物の撃退は叶わなかったらしい。



「エリートである我々ハイエルフであっても、敵う相手ではない……『風の加護』を前にしては自慢の矢も歯が立たないのだ」



そう、依頼の魔物はエアと同族の魔物。

それも、エアリアルよりも強力な『テンペスト』と呼ばれる風の上位精霊だったのだ。



「誰もが数日間の断酒に絶望していた。

そんな折、他里のエルフづてにエアリアルを撃退したというニンゲンの話を聞いたのだ。

……この問題児の禁忌と共にな」



ルルはこれ以上ないほどに小さくなっていた。

本名を『ルルシラ』という彼女は、独断で里を抜け出し成果を上げようと霧の調査に赴いていたらしい。

そこで遭難しユートと出会ったと。



「里を抜け出しあまつさえ禁忌に手を染めた行いは看過できん…が、そのおかげてニンゲンを発見できたとも言える。

ルルシラの捕縛部隊にニンゲンも連れてくるよう指示を出したのだが、血の気の多い奴でな。

不当な扱いを受けた事は侘びよう」



確かに、話し合いの余地も無く誘拐されたようなものだ。

しかしルルを頼り禁忌を当てにしてしまった事も事実。

頭ごなしに苦情をぶつける気は起きない。


何も言い返せず頷くばかりのユートをよそに、カインは話をしながら何かを紙に書きあげていた。

一通り書き終えたのか内容を指差し確認すると、ひらりと書面の向きを変えてユートへと差し出す。



「これが今回の沙汰となる。

内容を改めるがよい」



身を乗り出し目を通すユートとルル。

上質な紙にはユートのすべき依頼と条件、報酬について、ニンゲンにも分かる言語で書き記されていた。


・アルファモンスターとなったテンペストの撃退と『森人の魔霊薬』の確保

・ハインの里の通行許可

・目付人の同行

・依頼達成までの帰還を禁ずる

・報酬「__________」


他にも立ち入り禁止の区域や振舞いの制限など細々した内容もあるが些細なものだ。

それよりもユートには気になる点が二つあった。



「質問が二つあると………まずは報酬とな?

莫迦げたものでなければ準備しよう。

蔑ろにすると里の沽券に関わる。

希望の物をそこに書くといい」



ニンゲンに対して高慢な態度を取るエルフ達だが、渡す物は渡してくれるようだ。

ならば、とユートはおそるおそる書く事にした。

メルトから頼まれた秘薬の材料の一つを。



「なにっ?『森人の魔霊薬』を望むのか?」



カインの眉間に皺が寄った。

これは地雷を踏んだか。



「そんな物で良いのなら腹一杯になるまで持って行くがいい!

こんな状況でなければ、少量だが外に売りに出しているような物だ。

欲が無いのかお前は?」



意外な事にすんなりと通ってしまった。

しかしちょっと高いお酒程度の扱いとは……。



「それで、もう一つの質問とは何だ?

私としては早くお前を送り出したいのだが」



一刻も早く酒にありつきたいのであろう。

断酒に耐えかねた様子で足が小刻みに震えている。


ユートもいち早くここを脱し、依頼を終えて村へと戻りたい。

しかし、これだけは確認しなければならない。


話を聞いたカインの震えが止まった。



「ルルシラの免罪だと……?

見習いに過ぎない者が犯した禁忌を赦せと?

はっはっはっは!

面白い事を言うのだなニンゲン!はっはっは!」


威勢のいい笑い声が客間を満たす。

欲が無いと言われた報酬だ、これぐらい併せ飲んでくれると言う事だろう。



「それはならん。

ルルシラは生涯見習いのまま過ごす事となり

……今後一切、里外との接触を禁ずる」



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