第42話 再会、そして
魔族が生息する領域の各地に、魔王の介入を拒みエルフが自治権を持つ彼女らの集落が存在する。
エルフ達は魔族という分類に属しながらも霧による破壊衝動の影響を受けず、その特性を活かして霧の調査や災害の救助を主な活動としていた。
一部の里にはニンゲンと魔族の橋渡し的な交易を営む者もいるが、その数は多くない。
ここ『ハインの里』も霧の調査やニンゲンとの細々とした交易を繋ぐ里の一つであった。
「被告人……見習いエルフのルルシラ、ニンゲンのユート!」
牢から連れ出されたユートは、両脇を武装したエルフに固められる格好でルルと再会を果たしていた。
「ユートぉ!すまない!私が不甲斐ないばかりに!
だが、お前も共犯なのは違いないだろう?!
なぁ!」
目から鼻から液体を垂れ流すルルが飛びついて来た。
ぐりぐりと押し付けられるそれが衣服を濡らし冷たい。
「勝手な行動は慎みたまえ!ルルシラ!」
ぐい、と武装したエルフに首根っこを掴まれ引き剥がされていくルル。
乱暴な行為を咎めるように手を伸ばすユートだったが、エルフ達の視線に晒され身動きができない。
「これより被告人ルルシラの職域を超えたスキル使用の罪、及びそれを唆したニンゲン…ユートの使用教唆の罪について裁判を行う!」
円卓の正面に座る偉そうなエルフが、これから始まる裁きについて宣言すると、その傍に控えるこれまた偉そうなエルフがクルクルと巻かれた紙を引き延ばし、その内容を読み上げる。
「えー…見習いエルフであるルルシラは、独断で赴いた霧の調査任務の際、その職域を超えて『癒しの祈り』及び『爆発の矢』を使用した」
「いやっ……それは…間違い……ですかな……」
「発言は控えなさい!」
「ひゃいっ!」
精一杯の抵抗虚しく、ルルは黙らせられてしまう。
「えー……被告人ユートは、ルルシラが見習いという職域である事を知りながら、その領分を超えたスキルの使用を唆し、強要した」
「ゆ、ユートは!その…軽くお願いしたと言うか…」
「被告人ルルシラ!発言により進行を妨げる事は控えなさい!」
「んおぉ…」
身を乗り出したルルがまたもエルフに引っ張り込まれる。
学習しない姿のルルだが、ユートのために声をあげてくれた事は嬉しかった。
この場に立たされている原因が彼女だとしても。
それにしてもルルの本名はルルシラと言うのか。
ユートに本名を告げなかった理由は分からないが「独断で調査に赴いた」という辺りがそれなのだろうか。
その後も二人の罪状が読み上げられていくが、都度ルルが口を挟むため裁判は一向に進まない。
ぎゃーぎゃーと鳴き声をもらすルルに妨げられ、一番偉そうなエルフが苛立だしげに机を指で叩き鳴らしている。
「くくっ……サイバンチョーさん?
やっぱり辞めませんか?
ニンゲンの真似事をして、慣れない裁きだなんて……くくく」
重い空気を破るように笑い声が響いた。
その声を聞いた円卓の奥に座る偉そうなエルフはピクリと眉を上げる…が、すぐに顔を戻すと脱力したように深く、椅子に掛け直した。
「はぁ……ニンゲンが来るからガチガチの裁判だと聞いて準備したのに。
やめだやめ!
『いつもの』でやるぞ!
カイン、後は貴様が続けろ!」
そう言われると、カインと呼ばれたエルフが笑いを堪えながら立ち上がる。
どことなくぎこちない進行であったが、それほど面白いものだったのか。
「くっ、ひーひひひ……………ふぅ。
はぁ…失礼した。
数十年振りにニンゲンへの沙汰を行うと皆が張り切ってな。
資料も何も失われて久しい『裁判』というものをやってみたくて、このような形式となってしまった。
許せ、ニンゲンよ」
ところどころ笑いを堪えているエルフが見える。
ユートやルルの両脇を固めるエルフもそうだ。
「ここからはいつものやり方でいくぞ。
申し遅れたが、私はハインの里の副長を務めるカインだ。
お前の今後を決める者でもある。
覚えておいてくれ」
先程の笑いに苦しむ姿からの切り替えが早い。
キリッとした顔つきでそう言うと、カインは上品に両手を広げる。
その仕草にまぁ!と辺りにどよめきが走った。
挨拶にも見えた優雅なそれは、本来罪人に向けて行われるものではないのだろう。
「カイン様!
罪人に……ましてやニンゲンですよ!
高貴な存在であるあなた様がこのような者に対して、そんな……」
カインの隣に座るでっぷりとしたエルフが苦情をつけていた。
「まぁまぁそう仰らずに……ったく年老いたエルフは頭が固い。
今回彼を連れてきたのは我々の都合もある。
咎を破った罪はあろうが、そんなものどうでもいい。
本来なら牢に入れられるべきではない、客人なのだぞ!」
ギロリと睨みを効かせるカインの前に、でっぷりとしたエルフは脂汗をかき俯いてしまった。
なんの話をしているのか……?
話が見えないユート。隣に立つルルも同じ様子だ。
張り詰めたり緩んだりと目まぐるしく変わる場の雰囲気に、どう対応したら良いのか…。
目を白黒としていると、奥に座るサイバンチョー?が顎で早く進めろ、とカインに指示を出している。
「手荒な扱いとなり済まなかったなニンゲン。
すぐにでもその縄を解き、きちんとした話し合いの場を設けたかったのだが…
手違いで牢に入れられ、張り切った姉上に裁判ごっこに付き合わされ……くくくっく……」
「カイン!早く話を進めぬか!」
思い出し笑いに吹き出すカインへ叱責が飛んだ。
一番偉そうなサイバンチョー?はカインの姉なのか。
副長の姉ならば…里長か。
楽しみにしていた余興が潰されたように、ひどくつまらなそうに声を荒げていた。
「はいはい、姉上すみませんね、っと。
ふぅ……。
実はだなニンゲンよ、お前に依頼があるのだ。
……断る事のできない依頼がな」
貼り付けたような笑みを向けるとカインはそう言った。
凍りつくような笑顔とその声が、周囲のざわめきを一瞬で鎮める。
サイバンチョーが苛立つように机を叩く、トントンとした指先の音だけが響いていた。
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