第41話 罪人ユート




長い夢を見ていた。


夢の中の自分は──新人ながらも実力のある冒険者パーティに勧誘され、着々と力をつけていた。

将来は独立して店を出し、悠々自適とした生活をするんだと夢を語っていた。


ある日突如、魔族の領域に喚び出され魔物達と冒険する事になった。

今まで冒険の障害となっていた魔物達と、だ。

それでも…不思議と悪い気はしなかった。

彼女らと力を合わせて魔王を倒した。


魔王…いや、違うような気がする。

とにかく、平和が訪れ…新たな旅立ちというその矢先、絶望が降りかかったのだ。


全身筋肉の、筋肉の魔物に襲われ壊滅する魔物達の村。

鉄のような腕に締め上げられ、そこで冒険が終わる……。





……!

ぶはっと息を吐き出し、ユートは目覚める。

その額には珠のような大粒の汗が浮かんでいた。



「おお!目を覚ましたぞ!

至急、カイン様に報告を!」



頭上から声が聞こえ、ガタガタと何人かが走り去る音がした。


状況が分からない。


ズキズキと頭が痛み起き上がる事ができない。

かろうじて動く目で左右を見ると、いくつも並んだベッドが視界に入り、かすかに薬品の匂いもある。

おそらく医療行為のための設備だろう。

何者かに攻撃され気を失ったユートは、ここで治療を受けていたようだ。


村長…タルテの家の中に入った事は無かったが、ここははじまりの村の村長宅なのだろうか。


それにしても、この枕はやけに硬い。

そう、夢で見たあの腕のような……



「良かったよー!目覚めてくれて!

あたち、加減ができなくって!」



頭上から発せられる嫌な予感に、恐る恐る視線を上げると、ニカッと笑う少女の顔があった。

とすると、ユートが枕にしているこの硬い枕は……



「記憶とか大丈夫?あたちの名前覚えてる?

杖使いのマーガレットだよ!」



とんがり帽子を被りはにかむ彼女の笑顔を見た瞬間、ユートは膝枕から転げ落ちていた。


ああ、これも夢なんだ…………。




*****




次に夢から覚めた時は、牢の中だった。



「もうケガは治ったから大丈夫だってさ!

あなたはお呼びがかかるまで、ここであたちと待っててね」



喋る筋肉が牢番をしている。


うん……もう大丈夫だ。

そう何度も気を失ってはいられない。

ポンポンと肩を叩いている棍棒…いや、杖か。

その鈍器と筋肉を見ないように背を向けると、気を落ち着かせるためにもユートは現状の把握に努める事にした。


どれぐらいの間、気を失っていたのか。

小窓から差し込む光の明るさから、日中である事は分かる…が、村で襲われてから何日経ったのかまるで見当もつかない。


さらに、悪い事に場所すら分からない。

先ほどは医務室、そして今は牢屋ときた。

はじまりの村の中でこのような場所を見た事はないし、感じられる空気が違うのだ。

襲われた後、別の場所に連れ去られたと考えるのが自然だろう。

ユートを一撃で沈めた牢番がすぐそこにいる事から、ここは彼女らの拠点か。


ユートが最後に見たのは彼の自宅を取り囲むエルフ達と、手縄に繋がれたルル。

理由は分からないが、おそらくニンゲンである自分の仲魔となった事が原因で襲撃されたのであろう。


ならば、ユートやルルと同じようにライム、エアも連行された可能性が高い。

彼女達は無事であろうか……。



「あっ、忘れてた!

ねぇねぇユート…さん?

あたち、お手紙を預かっていたの。

はい、これ!」



ガシャン!と牢の扉が開け放たれ、ドスドスと歩み寄るとギュッと握られた拳が突き出される。

飛び上がるほど驚くユートだったが、攻撃にも見えたその拳から手渡された「手紙」を受け取ると、ヘナヘナと腰を落とす。


うんうん、と腕組み笑う筋肉──マーガレットといったか。

その背後には扉が開けっぱなしとなっているが、この牢番を潜り抜け脱出できる未来が無い事などユートは分かりきっていた。


抜けた腰のまま、クシャクシャになった手紙を読む事にした。


手紙はユートに読んでもらうためにニンゲンの文字で書かれていた。

すらりと整った文字で、クシャクシャになっていても読みやすい。



【ユートへ


突然こんな事になってしまってごめんなさい。

あなたの仲魔のルルちゃんが、エルフの里のルールを破ったみたいでハインの里から逮捕状が出たみたいなの。

ルールを破るのは悪い事だけど、ユートを守るために、メルトの悪だくみを止めるために仕方なくやった、って事は知っていたわ。

でも、それを伝えても「形だけでも裁判を行う」って聞き入れてもらえなくて……

おまけにルルちゃんはユートに命令されてやりました、なんて言うもんだからあなたも連れて行かれる事になったの。

もし酷い目に遭うようだったら乗り込むわよ、ってお願いはしておいたから大丈夫だと思うんだけど……。

無理しないで帰ってきてね。


そうそう、エルフの里にはおいしい地酒があるからお土産よろしくね。

ライムちゃんとエアちゃんは面倒見ておくから安心してね。


タルテより】



…………。

これは……。

原因はルルか……。


おそらく見習いのエルフには使用許可が出ていない『癒しの祈り』の禁を破った罪だろう。

道中何度もその回復の力に助けられてきたが、やはり禁忌は禁忌。

「ユートに命令されてやりました」と罪の分譲を仕掛けてきたルルに思うところはあるが、その力を頼りにしてきた事は事実だ。

罪と知りながら止める事ができなかったユートも罰を与えられる事に対して、何も理不尽なところはない。


しかしタルテが「酷い目に遭うなら乗り込む」と言ってくれていたのにも関わらずこの待遇である。

マーガレットによる一撃を受け、牢に入れられているこの現状は、魔族基準の「酷い目」にはあたらないと言う事か。

未だ解放されていない所を見るに、この後なんらかの沙汰があるのは確実だ。

せめてこの身がもてばいいのだが……。


目の前で仁王立ちしていた筋……マーガレットは杖を片手に素振りをしている。

気を失った一撃はあの鈍器によるものだったのだろう。


エルフには弓を扱う者と杖による魔法を得意とする者に分かれているとルルが言っていた事がある。

私はその弓部門の中でも優秀な見習いなのだと、何度も聞かされてきた話しだ。


首から足元まで筋肉の鎧に守られた彼女は、棍棒のような杖を振り回しているが……これでもエルフなのだろうか。


チラチラと様子を伺うユートと目が合ったマーガレットは、ニカァと笑って見せた。

……冷や汗が流れる。



腰が抜け、身動きもできずブンブンと風を巻き起こす素振りを見せつけられていると、ふいに牢の入り口が騒がしくなった。



「んなっ!

牢が開いているではないか!

牢番は…マーガレットはどうした!」


「はーい!あたちはここにいますよ!」



血相を変えて飛び込んできたエルフは素振りをするマーガレットと、腰を抜かすユートを見て溜め息をつく。



「マーガレットよ……いや、これは任せた私の責任だな……まぁいい。

ニンゲンよ。時間が来たぞ。

……裁きの時間だ」



胃の辺りを抑えつつエルフが宣告する。


罪人ユートの、裁きが始まろうとしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る