第40話 素材を求めて




なんとなく察しはついていた。

だが、あらためてそうだ、と言われると驚きを隠せずにはいられなかった。


『村長タルテは平和の魔王タルテである』と。


森の奥に消えたメルトが語った先代の『勇者』と対になる魔物達の支配者が『魔王』だ。

ユートでさえ知っているその存在は、ニンゲンの…とりわけ冒険者が避けるべき畏怖の対象である。

生半可な冒険者が対峙すれば良くて全滅、悪ければ消滅。


対抗し得るのは勇者しかいないと。

欠如した記憶を持つユートでさえ知っている常識なのだ。


この世界に勇者は一人。

それに対して、程度の差はあれど魔王は何人も存在している。

なんとも理不尽な世界だが…それでも今なおニンゲンが存在できていることは、勇者の力がそれに釣り合っている事を示していた。



「タルテさんは魔王ですけど〜、

別にニンゲンをやっつけようと考えている方じゃないですよ〜。

むしろ仲良くしたいと思っている派閥の方です〜」



だから私達も付き従っているんですよ〜、と二ヘラと笑うガブリ。

確かに『魔王』という響きは強いが…はじまりの村に居場所をつくってくれたタルテには恩を感じれど恐怖感は無い。


人それぞれ考え方が違うように、ニンゲンと仲良くしたいと考える魔王がいても不思議は無いだろう。

そのニンゲンに裏切られた過去があったとしても。



「話が逸れましたね〜。

ええっとぉ、とりあえず『森人の魔霊薬』あたりから取り掛かってもらえるといいかもしれません〜」



これは、森人──エルフの一族が秘匿し守り続けている霊薬らしい。

その名の通りエルフの集落に手掛かりがあるそうだが……メルトやガーゴイル達が入手できずユートに頼む事となった理由があった。



「エルフの里の場所が分からなかったんです〜。

それに〜、霊薬は貴重な産業物なので他領の魔族は見学に行くのも厳しいんですよ〜」



そういうことか。

確かに、ユートの地元でも地酒の製法流出は厳しく取り締まられていたな、と思い出す。


最近は特に驚く事もなく、何気ない会話から記憶のピースが嵌る感覚を、ユートは楽しむ余裕があった。


ともかく、そのような経緯ならユートはメルト達の力になれるであろう。

なにせエルフの里の場所どころか、その内情を知る者がいるのだから。


そうと分かれば早速行動に出よう。

会話が続きませんね〜、と困るガブリのためにも。




*****




森の奥に消えたメルトをガーゴイル達に任せ、ユートは一人はじまりの村へと戻っていた。


陽が傾き、数刻もしないうちに夜が訪れるであろう。

さすがにこの時間であればルル達も起きているだろうし、二日酔いから回復しているはずだ。


これからの冒険の目標が決まった事を伝え、もし今後も仲魔としてパーティを組めるのであれば旅の準備をしようと。


そんな事を考え自宅に向かうユートだが、村の様子がおかしい。

平和な村に似つかわしくない者達が、今まさにユートの自宅から出てくるところであった。


細工を凝らした手甲と弓を装備したエルフの一団が、顔を真っ青にしたルルに手縄をかけ連れ去ろうとしている。

あの顔色は二日酔いによるものではないだろう。

一体何が……。


焦りに走り出すユートを、エルフの一団が貫くような目で睨み付ける。



「ニンゲン……キサマがユートだな!

ルルシラ!違いないか!」



眼光鋭いエルフがルルを怒鳴りつけている。

ひぃっ!と声を上げたルルは、申し訳なさそうな目でこちらを見ていた。



「ルルシラの確認がとれた!

マーガレット!奴も連れて行け!」



ルルの手縄をぐいっと持ち上げる偉そうなエルフは、部下に何やら指示を出している。

……ルルシラ?

ルルの事か?


聞き間違いなのか状況を理解できていないユートに、ぬおっ、と大きな影が重なった。



「見習いを拐かしたニンゲンがどんな者か期待ちていたのに…ざーんねん!

こーんな弱そうなオトコノコなんてね!」



夕陽を背に受け、影の中で笑う一人のエルフ。

ユートより少し大きい背丈の彼女だが…エルフとは思えぬほど大き過ぎた。

衣服がはち切れんばかりに隆々とした筋肉が、夕陽を浴びキラキラと輝いている。

その体躯に見合わない、小さなとんがり帽子がちょこんと頭に乗っていた。



「わたちは『杖使い』のマーガレット!

よろちくね、ニンゲンのユートさん?

そちて、おやすみなさい!」



ユートが何かを言い返す前に、ガゴン!と何かが頭に打ち付けられた。

ぐるんとユートの視界が暗転していく──



「平和の魔王よ!

これは我々の問題、約束通り手出しは無用だ!」


「短い間だけど、仲良くちようね!

ニンゲンさん!」



倒れ掛かるその体を筋肉質の腕に抱かれ、ユートは意識を手放すのであった。




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