第39話 メルトの企み
冒険の続きを踏み出す事に決めたユートへ、メルトが呼び出しをかけてきた。
森で待つ、とだけ言い放った彼女の真意は分からないが……村の外に出る以上、仲魔達に声を掛けておくべきだろう。
そろりと自宅の扉を開け、入り口から中の様子を確認する。
まだ眠っているかもしれないと配慮した行動であるが、やはりと言うべきか、ライムルルエアの三人は変わらずの姿勢で睡眠を堪能していた。
いびきの轟音演奏会もまだ続いている。
ユートは家の前で日向ぼっこしているミスラに言伝を頼むと、仲魔を置いて村の外を目指す事にした。
二日酔いの影響もだいぶ抜けてきた。
村の外では野良の魔物に襲われる心配もあるだろうが、森の深部まではさほど時間もかからない距離だ。
生息している魔物も苦戦する相手はいない。
メルトが何を企んでいるのかは分からないが、一度酒を飲み交わした仲だ。
なるようになるだろう。
酒が抜け徐々に軽くなる身体の感覚を楽しむように、彼はゆっくりと歩き出した。
*****
かつてユート達が通った期間の塔へと至る道、その道中にメルトは居た。
お供に二人のガーゴイルを引き連れて。
辺りを水路囲まれた森の深部は、ユートと白猫のココが毛まみれ戦闘を繰り広げた場であり、朽ち落ちた橋をリナが架け直した場所でもある。
そこで、メルトは一人ぶつぶつと言葉を編み出していた。
「よく来たなニンゲンよ!
いや、我を待たせるとはいい度胸だな!
……うーん、これも違うよね」
やがて来るユートを迎えるに相応しい、威厳に満ちたセリフを決めかねているようだ。
「メルトさぁ〜ん。いつまでそんな口調を続けるんですか〜?」
「もういいんじゃないですかね〜。
あのニンゲンさんなら大丈夫ですって〜」
一向に決まらない歓迎の言葉に痺れを切らしたガーゴイルの二人が、メルトを諌めている。
「だって……今更だし。
本当はね、私だって仲良くしたいんだけど…」
「ならいつものメルトさんで行けばいいんですよ〜。
そんなニンゲン用に作った口調じゃなくってえ〜」
「でも第一印象がサイアクだったでしょ、私。
それに目付きも悪いし……はぁ…」
ユートを待つこの間に何度も行われたやり取りだ。
ニンゲンを打ち倒しレベルを奪い去った「サイアクの出会い方」を気にするメルトは、無意識に距離を取ろうと本来の自分の振舞いを出せずにいたのだ。
「だからあの時、ニンゲンを襲うのはやめましょうよって言ったのに〜。そもそもですねぇ…」
「あっ、ガブリ〜ニンゲンさんが来ましたよ〜。
メルトさんもほら〜準備して〜」
えっ!と姿勢を正すメルトの後ろで、なんと声を掛けていいものかと目を泳がせるユートが立ち尽くしていた。
まさか今のやり取りを聞かれていたのでは……
「よっ、よ、よく来たなユート!
我に恐れをなして来ないのかと思ったぞ!」
メルトは恥ずかしさに染めた顔をごまかすよう、見栄を切るしかない。
ごほん、とガーゴイルから咳払いが聞こえる。
なんだその口調は、と言わんばかりである。
「あ〜……こほん。
その、わざわざ来てくれてあ……ありがとう」
素直な言葉を述べるメルトに、心の内で拍手を送るガーゴイル達。
いいぞ、その調子ですよ〜。
「実は頼みがあってだな……。
ユートよ、お姉ちゃんを助けるために力を貸してほしいのだ!」
先日の戦闘の恨みの一つや二つを言われるとばかり思っていたユートは、メルトの頼み事に驚き目を丸くしていた。
彼女の言葉は独特の言い回しや言い間違えがあり、つらつらと飲み込めるものではなかったが、まとめるとこんな事らしい。
ユートが先の冒険の際目にしてきた、この辺りを覆っている霧は『前勇者』が残していったものであるらしい。
なんの前触れもなく飛び出した『勇者』という言葉だが、魔物達を代表する力を持つ魔王がいるように、ニンゲン側にも対になる勇者という存在がある。
記憶が完全に戻っていないユートでもなんとなく理解できたように、その存在は常識として広く知れ渡っている。
その前勇者がどのような経緯で霧を残す事となったのかは、メルトの口から語られる事は無かったが…。
本来自然発生する頻度が高くないはずの霧がこの辺りを覆っていたのは、前勇者が撒き散らし、それをメルトの結界が留めるカタチになっていたものらしい。
結界が晴れた今も、遠くの空には薄い霧が残留している様子が見てとれた。
「お姉ちゃんの本来の力があれば、霧を消し飛ばすなど容易いのだが…
魔力が弱ってしまった今は、村に霧が入り込まないよう退けるので精一杯なのだ。
……そこでだ!」
ごそごそとメルトは懐をまさぐると、一冊の本を取り出す。
「これはユートが塔に来る間に、我が見つけた本でな。
これにはなんと!失われた魔力を回復する秘薬の作り方が書かれていたのだ!」
本を開きすごいだろう!とドヤッ、とした得意げな表情を見せる。
しかし見慣れない文字で書かれたそれは、ユートには理解できないものであった。
「なに?我らの字が読めないと?
はぁ……我はこんな教養の無いヤツに負けたのか」
ごほん!とガーゴイルが再度咳払いをする。
メルトはしまった、という顔を出すが、引っ込みがつかないようでそのまま言葉を続けた。
「仕方ない。我が直々に説明してやろう。
秘薬には5つの材料が必要で………」
一つ目は『幻想の翠結晶』
二つ目は『魔族の秘草』
三つ目は『森人の魔霊薬』
四つ目は『嫉妬の獄炎』
五つ目は『勇気の証』
どれも聞いた事のない材料の名である。
しかし幸いにも、メルトが持つ本にはその入手方法が書き含まれているようであった。
「このうち『幻想の翠結晶』と『魔族の秘草』は我が既に手に入れてある。
『勇気の証』の場所は今探しているのだが……」
含みのある言い方をするメルト。
これは……そういうことだろう。
言いにくそうに言葉を詰まらせるメルトを気遣い、みなまで聞かずユートは頷いた。
それを見たメルトの顔がぱぁっと明るくなる。
「いいのか?!
よ、よし!詳しくはここにいるガブリから聞くとよいだろう!
ユートよ、面倒を押し付けて済まないが……
頼んだぞっ!」
喜ぶ顔を見られたくないのか、どんどんと上がる口角を隠し切れないと悟ったのか。
言い終わると同時に振り返り、森の奥へと走って消えていくメルト。
ガーゴイルの一人が慌てて後を追って行ってしまった。
「…………。
メルトさん、昔からあんななんですよね〜。
ニンゲンさん相手だと変な話し方になるんですよ〜」
ガブリと呼ばれたガーゴイルが気まずそうに話を振ってくれた。
「とりあえず秘薬の材料の説明をしますと〜……。
『勇気の証』の場所はまだ特定中なので除外して〜、『森人の魔霊薬』と『嫉妬の獄炎』についてお願いしたいんです〜。
この二つは魔王様に近い私達が動くのは、少しまずくってですね〜」
さらりと言うガブリだったが、ユートは前々から気になっていた事があった。
魔王側近魔術師という肩書き、魔王権限により魔物達にメルトを見守らせた彼女……その正体について、だ。
「あれ〜?宴会の時に聞いたのかと思ってましたよ〜。
魔王様はあれですよ〜。
はじまりの村の村長がそうです〜。
『平和の魔王』タルテさんですよ〜」
ガブリは含みもためらいもなく、平然と言ってのけた。
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