第38話 新たな予感
ユート達を労う祝宴は夜通し行われた。
村に備蓄されていた酒のほとんどを飲み尽くし「打ち止め」となった明け方にようやく区切りがついたほどだ。
もっとも、その大部分を腹に収めた村長タルテは物足りなさそうにしていたのだが。
激闘に付き合わされたユートは意識もまばらに居室に運ばれ、目が覚める頃には日が高く昇る昼過ぎとなっていた。
何倍にも感じる重力に逆らって、ベットからその身を起こすユート。
足元には積み重なるように倒れ込んだルルとエアが床を舐めている。
二人の奏でる轟音のいびきがガンガンと頭を揺らすが、なんとか歩く事はできそうだ。
幸せそうに居間で眠るライムを起こさないよう、静かにドアを開ける。
「あっ、ユートおはよう!
よく眠れた?」
酒臭い空気から逃れるように外に出たユートへ声をかける者がいた。
年齢制限からか飲酒をせずに済んだ魔物の一人、第一村人のスライムのミスラである。
「お酒ってこわいね!
みんな気絶したように倒れちゃって…
もう大丈夫なら、ソンチョーの所に行ってあげて?
ぐっどにゅーす?があるから起きたら来るように、って頼まれてたの」
視界に入る、広場で寝転がっている宴会の犠牲者達とは違い、ミスラはとても元気そうに見える。
はやくはやく、と急かす彼女の言葉に背中を押され重い足を運ぶ事になった。
とはいえ、ユートが借り受けている仮住まいから村長宅までは目と鼻の先ほどの距離しかない。
そちらに目を向けると、家の前で気怠そうに俯くメルトの姿があった。
「うぅ……二日酔いで頭が痛い…
こういう時のために癒しの果実が欲しいよ…」
癒しの果実とは毒や混乱、果てはルルが罹った魅力状態といった悪い体調を快復させる効能があるアイテムである。
二日酔いに効くのであればユートもぜひ欲しいところだ。
「むっ!ニンゲン!!
……ユートか。
二日酔い?なんの事か我にはさっぱり分からないな」
ユートを見るとキリッと平静を装う彼女だが、その顔色はすこぶる悪い。
メルトもまた、酒の残り香漂う室内から逃れるために外の空気を吸いに来ていたのであろう。
「あら、おはようユート。よく眠れたかしら?
あなたに見せたいものがあって待っていたのだけれど、体調は大丈夫?」
ガチャリと扉の開く音と共に、タルテが姿を見せる。
手には水が注がれたコップがある。二日酔いに苦しむメルトへ渡すのだろう。
水ではなく迎え酒なのかもしれないが……。
「さぁ、空を見てみて?
久しぶりの青空よ!」
タルテに促され、振り返り空を仰ぐユート。
そこには──昨晩にはあった紫色の霧が晴れ、雲一つない青空が広がっていた。
「あなたが寝た後にね、メルトが結界の解き方が分からないって言うから、お酒をたくさん飲ませたのよ」
どうしたらそこで追加の酒という選択になるのだろうか。
「そうしていたら二回目の**のタイミングで結界が解けてね。
留まっていた霧も流れ去って行って…まさかお酒が結界解除の条件とはね」
おそらく違う理由であろうが…メルトが弱り切ったために結界が維持出来なくなったと思われる。
酒の力とは恐ろしい。
「それでね、あなたを閉じ込めていた結界はもう無いから。
……これであなたは、無事にここから出られるわ」
そうだ。
ユートが冒険に駆り出され、メルトと戦う事になった結界が解かれたのだ。
彼の帰還を…ニンゲンの領域に至る道を阻むものは、もう無いのだ。
結界に囚われた影響かは判別しないが、ぼんやりとしていた記憶も徐々に戻りつつある。
いずれユートが帰るべき場所も思い出せるであろう。
喜ばしい事なのだが…ユートの顔は晴れない。
それはニンゲンにしてみれば敵中とも言える魔族の領域で、彼を迎え理解してくれるこの場所に心地良さを感じているためだろうか。
背中を預け合える仲魔との別れなど、想像する事さえ無かったからだろうか。
それとも…未知の冒険の予感に心躍る『冒険者』としての本能が、新たな冒険を期待しているのだろうか。
魔族の仲魔と、新たな冒険を。
なんとも言えず決まりが悪そうなユートの顔を見て、タルテは笑う。
「ふふふっ。
まだまだやり残しがある、って顔をしているわね?」
何かを察してくれたのか。
続く言葉がユートの心を決めた。
「いいよ!
あなたの気が済むまでここにいなさい?
あなたなら皆、歓迎するよ」
まさかもう出ていくのか?!と心配そうにこちらを窺っていたメルトの顔に笑顔が浮かぶ。
ユートと目が合うとそっぽを向いてしまったが。
「あなたに貸した家はそのまま使っていいし、どんどん仲魔を連れてきてくれて構わないわ。
賑やかになるのは良い事だもの」
こうなるのが分かっていたようにタルテは笑うと、忙しくなるわね、と家の中に入っていく。
広場では二日酔いに足を取られる魔物達が後片付けを開始していた。
滞在の許可を得たユートも片付けに参加し、それから今後の事を仲魔達と決めようと、その心は前を向いていた。
「……ユート、今の話を聞いたぞ。
我からも…オマエに言わなくてはならない事があるのだ」
踵を返すユートだったが、思い詰めたように声を絞り出すメルトの言葉に足を止める。
その顔には決意が表れていた。
「オマエに頼みがある。
森の深部に来て欲しい。
……我は待っているからな!」
捨て台詞のように吐かれたその言葉に返す間も無く、メルトはヨタヨタと走り去る。
どうやらまだ、ゆっくり休む暇は無いようだ。
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