第37話 道連れ
「くっはぁー!大仕事を終えた後の一杯は最高っすね!」
「オマエは何もしてないだろニャ。
ほれ、飲んでばかりいないで料理を運ぶニャ!」
ここはタルテが村長を務める魔族の集落『はじまりの村』。
どんよりと紫がかる空の下、広場に急造された宴会場で、騒動解決の立役者となったユート達を労う祝宴が開かれていた。
久しぶりの宴とあってか、配膳係の任務を放棄し嬉々として濁酒を飲み干すゴブリンのリナと、料理を任された白猫のココは忙しそうに手を動かしている。
「ちょっと!なんでお魚に矢が刺してあるのよ!食べにくいじゃない!」
「むむっ!その魚は私が丹精込めて焼き育てていたものだぞ!
マーキングしてあったじゃないか…ああっ!食べるなっ!」
席では食べ頃となった炭火焼きの魚を口にしようとするハーピィのピューレと、それを阻止せんとするルルの食い意地をかけた戦いが火花を散らしている。
見るとほとんどの料理に「これは私が食べます」と主張する矢が植え付けられているようだ。
お行儀が悪すぎる。
そんな酒席の中央で突風が巻き起こる。
酒瓶片手にユートへと詰め寄っていたエアが、風の力を解放したのだ。
「ユートぉ!
私の酒が飲めないってぇ言うのお?」
当初は控えめに酒を嗜んでいたエアだが次第に摂取量が増え、しまいには空杯を許さぬ絡み酒の主となってしまっていた。
口に運び損ねた酒で衣服を濡らし、潤んだ瞳で酒を強要してくるのだ。
これは大変よろしくない状況である。
これまではぎこちなく受け流していたユートだったが、風の力を解き放った彼女に敵うはずもない。
ちびちびと酒を流し込んでいたユートは羽織っていたマントを外すと、エアをぐるぐると丸め込み、後を託せる仲魔の元へと走る。
この場で少数となったアルコールの入っていない信用できる存在。
そう──ライムへ。
お子様枠として宴席の端で先輩スライムのミスラと談笑していたライムは、鬼気迫る…いや、危機迫るユートと彼のマントで簀巻きにされたエアを見て瞬時に戦況を把握。
彼からエアの身柄を引き受けると、救護テントへとミスラと共に連行していく。
まどろみ呂律の回らなくなったエアはこれで退場だ。
ゆっくり休んでほしい。
当面の危機を脱したユートは、上気した顔で息を吐きながら呼吸を整える事にした。
冒険の道中肌身離さず身に着けてきたマントを脱いだ肌を、心地良い風が撫でる。
空を覆う紫色の霧から村を守るように展開された結界によるものか、マントを失っても冷え込む程ではない。
むしろ酒も入り、エアを抱えて走り回った今では暑いぐらいだ。
あちこちから歓声があがる宴会場を見渡すと、何十もの魔物達が目に映った。
誰もが頬を赤らめ、楽しそうに酒を流し込んでいる。
椅子に腰掛け休んでいるユートと目が合うと、杯を掲げる者、悪戯っぽくウインクする者、とその反応は様々だ。
その中で、犬耳の一団がゴワゴワした白い尻尾を振りながら遠吠えをあげる。
彼女らは雪原でユート達を追い回したワーウルフの一族であったか…あの時は寒さと疲労とで全滅を覚悟したものだ。
直接の戦闘は無かったものの…敵対していた者と同じ宴席に着けるなど、当時は考えもしなかっただろう。
思えば、ニンゲンであるユートに対して本気で危害を加えようとする魔物は居なかったように感じた。
そうでなければ…憎く恨めしく思っている者と卓を囲もうなどとしないだろう。
騒動の張本人である魔術師メルトでさえ。
辺りを眺めるユートと目が合ったメルトは、真っ青な顔で何かを必死に耐えながら、助けを求めるように手招きをしていた。
「ユート……うっぷ!
我はもう飲めぬ…助けてくれ……お姉ちゃんの相手を……おぇっ……!」
助けの声に応えて参上したユートにメルトはそれだけ言うと、下を向いて動かなくなってしまった。
……下手に動かさない方がいいだろう。
「あらユート。
今日の主役なのに挨拶に行けなくってごめんね。
頃合いを見てお酌しに行くつもりだったのだけど、エアリアルの子に絡まれていたみたいだったから……。
もう彼女から解放されたのかな?」
動きを停止したメルトの隣で、ひらひらと手を振りながら声を掛けてきたのはタルテだ。
反対の手にはなみなみと酒が張られたコップが握られ、微動だにしないメルトの口元へと押し付けられていた。
「解放されたのなら、こっちで一緒に飲みましょうよ。
色々とお話ししたい事もあったからね。
ね?メルト?」
タルテの前に積み重ねられた、空になったコップの山。
これ程の酒を平らげたにも関わらず、顔色ひとつ変えず酒を煽っている。
追加の酒をドカッと置いたガーゴイルのガブリは気の毒そうに薄ら笑いを浮かべている。
その後ろに相棒ガーゴイルのガーゴが既に地に沈んでしまっているのが見えた。
とんでもない所に来てしまった。
咽せかえる酒の香気に眩暈を覚えつつ、エアの体調が心配だと言い訳を並べ撤退を試みるユート。
もう今日は十分に楽しんだ。
タルテとはまた明日ゆっくり話せばいいだろう、と。
しかし、この場を離れたいと願うその足が動くことはなかった。
「オマエも道連れだ…ユート……。
互いに理解を深めよう…ぞ……」
動作を停止したはずのメルトが、ユートの足をガッチリと掴んでいる。
ニコニコと笑うタルテから差し出される樽酒を前に、ユートは覚悟を決めるのであった。
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