第36話 誰かのために
倒れ掛かるユートを優しく抱き寄せた手。
それは宝珠の力を解放せんと光に眩む広間に、何の前触れもなく現れた。
「ガブリ、ガーゴ。あの子達の手当てを」
「はっ、はいぃ〜!」
「すぐに〜!」
突如現れたその者は、倒れ伏したルルとエアを救護するようガーゴイルの二人に指示を出している。
それが済むと、呆然と寄せ抱えられたままのユートの背中へと風を唸らせ平手を打ち込んできた。
バチン!と盛大な音を発し、咽せ込むユート。
骨が砕けたと錯覚する一撃にも関わらず、ユートの顔色がみるみる血色を取り戻していく。
「ちょっとビックリしたかもしれないけれど…ごめんね?
私、回復の魔法は得意じゃなくって」
腰まで伸びた薄い茶髪を揺らし、彼女はユートへ微笑みかけていた。
彼女の名は…タルテ。
ユートが一時の拠点としている『はじまりの村』の村長タルテだ。
その彼女が今、何故ここに……?
「術式が弱まったおかげで、やっと転移の魔法が繋がったと思えば……」
キッ、と鋭い目が魔術師メルトへ向けられる。
その顔に先程までの優しい笑みは無い。
「うぅ…お姉ちゃん…あと少しなのだ…」
メルトは言った。
この場を収めた村長タルテを、姉と。
「あと少しで…ニンゲン達への反撃の準備が…」
「メルト!」
村で話した時に感じた、おっとりとしたタルテからは想像もつかない声が発せられた。
メルトはビクッとその身を硬直させる。
「前にも言ったでしょ。
……昔の事、私は気にしていないって」
タルテは努めて冷静に語りかける。
「確かに、悪いニンゲンはいる。
分かり合えないニンゲンだっているわ。
……でも、ここにいる彼はどう?
私達、魔族皆の敵かしら?」
「そ、それは……」
(ニンゲンは…分かり合えたふりをして…最後には裏切るのだ。
目の前のニンゲン…ユートだって、我との戦いで仲間を使い捨てにして……)
そこまで考えが至った時、右手に握られた鎌がカランと音を立て落とされた。
そうだ。メルトは視てきた。
ユートと仲魔の魔物達は、お互いに助け合ってここまで来たのだ。
この戦いもそうだ。
ルルは、メルトの魔法からユートを庇った。
エアは、その身を顧みずユートの攻撃を繋げてくれた。
ライムは、自身が巻き込まれる危険性を知りながらもメルトを足止めしていた。
メルトが『力の宝珠』を通しユート達を監視していない場面で、何があったかは分からない。
しかし、ただの同行者が…自分自身以上に、相手を思いやり優先させる信頼関係が築けるのだろうか。
ユート唯一人であれば圧勝していた状況が、彼を慕い救おうとした同胞の手によって覆されたのだ。
窮地に立たされようとも、彼は仲間を使い捨ててなどいない。
それどころか、最後の最後にライムを庇いすらして見せた。
彼は、誰も裏切ってなどいない。
武器を取り落とした事さえ認識できず、メルトは立ち尽くすばかりだった。
「……分かったでしょ。
さぁ、勝手に持ち出した『力の宝珠』を返しなさい」
「で、でも…もう少しで……」
「早くしなさい!」
雷が落ちた。
「チカラがこんなにたくさん……
このチカラはユートから奪ったものかしら?」
返却された宝珠を撫でるように確かめたタルテは、静かに問いかける。
「ううん。そのニンゲンからは少しだけ……。
あとはガーゴイルとかゴブリンとか。
ドラゴンのお姉ちゃんから少しずつもらって溜めてた……」
あの宝珠はニンゲンだけを対象にレベルを奪うものだ、思い込んでいたユートだったが、どうやら違うようだ。
ユートがこの結界に取り込まれる前から、メルトは魔物達からレベルを分けて貰っていたようである。
とすると、あれほど苦戦したドラゴンはレベルが減り全盛の状態では無かったという事か。
弱体化してもあの強さ…つくづく魔物との力の差を思い知り、冷や汗が流れる。
「で、でもね!
やっぱりニンゲンから奪う方が、量も質も違うんだ!」
嬉しそうに報告するメルトだが、タルテの目は冷たい。
視線を感じたメルトはうっ、と首をすくめてしまった。
「そうね………。
ニンゲンは生きられる時間がとても短いから、
成長が私達の何倍も早いものね……」
でも、とタルテは続ける。
「よりにもよって、この塔でこんな企てをするなんて……次は無いからね」
「ご、ごめんなさい………」
メルトはおずおずと頭を下げる。
その言葉が消えた後も、頭を上げる事はなかった。
「さて、冒険者……じゃなくってユート。
私の妹、メルトの事なんだけれど……。
あなたにしてきた事、どうか許してあげてくれないかしら」
メルトは頭を下げたまま動かない。
対峙した時の覇気は微塵も無く、その姿はとても小さく見えた。
タルテに目を戻すと、彼女は被っていた帽子をするりと脱ぎ、その頭部を露わにしたところだった。
薄茶の髪から伸びる二つの角。
頭を下げるメルトと同じに見えるそれは、ユートを驚かせるものだった。
立派に反りかえる両の角は、その半ばで消失していたのだ。
「昔、悪いヤツのせいで角を折られてね。
それで妹はニンゲンを許せなくなっちゃったの。
……色々誤解があるんだけれどね」
言葉の最後は消え入るように囁かれた。
ユートにだけ聞かせたかったのかもしれない。
なんにせよ、メルトは姉に危害を加えたニンゲンにより復讐を決意し、今回の騒動を企てたという事らしい。
「今回、あなたを見て……ニンゲンにも分かり合える者がいるってメルトも思い直してくれたと思うの。
………そうよね?」
「えっ?は?はいっ!」
話を振られるとは思ってもいなかったのであろう。
慌てて返事をすると、メルトはまた素早く頭を下げる。
「あなたを巻き込んで、その上許してくれだなんて厚かましいお願いだと思う。
それでも……本当に、ごめんなさい」
そう言うとメルトの隣で、タルテも深々と頭を下げた。
何と答えるべきか。
許す許さないであれば、思う所はあるが答えは決まっていた。
ここに来て体験した事は苦難もあったが、それ以上に新しい世界を知る貴重なものであった。
断片的だが記憶が戻りつつある今…冒険者として活動していた頃よりも充実しているし、満足でもある。
それに、ニンゲンと魔族の仲を取り持ったと考えると誇らしささえあったのだ。
種を超え信じ合える仲間とも出会えた。
多少の文句はないことも無いが、許して笑い合えるならそれが良い。
そうだ、そう伝えよう。
「……ありがとう。
あなたが、あの村に来てくれて本当に良かった」
目尻を拭い、少女のように笑うタルテは美しかった。
「さぁ!じゃあ皆で帰りましょ。
今日は久しぶりにパーティをするわよ。
…ほらほら、隠れている子も出てきて!」
そうタルテが言い手を叩くと、は〜い!と返事が上がり柱の影や階段の下、窓の外からワラワラと魔物達が姿を現す。
「えぇ……。
なんで皆いるのだ…。
我に任せて塔を出るようにお願いしたのに……」
「皆にはあなたを見守ってくれるよう頼んでおいたのよ。
こういう時じゃないと魔王権限を使う機会もないし、ね」
イタズラっぽく笑うとタルテは手を掲げ、何十といる魔物達とユートを含め『はじまりの村』へと帰還する転移魔法を行使する。
一瞬のうちに全てが光に包まれ、後には戦いの跡だけが残されていた。
役者が去った塔は、久方振りの平静に包まれていく。
この日、長きに渡る冒険者の旅は終わりを迎えた。
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