第35話 救う者、救われる者
ずるり、とルルがユートの背から滑り落ちる。
その背は爆発を受け、痛々しく染まっていた。
「エルフには爆発に魅入られる者が稀にいるのだが……私にも適性があるのかもしれないな…ははは」
力無く軽口を叩くルル。
笑ってはいるが、ユートを庇い受けたダメージはあまりにも深い。
すぐさま体力を回復させようとするユートだが、コツンと額に当てられた拳によってその行為を咎められてしまった。
「それはお前自身に使うべきだ。
私はお前たちの戦いについていけるほど強くはない…。
代わりに…これを。
今の私には少し…荷が重くてな……」
拳に握られていたのは一本の矢。
矢尻には、これでもかという程の爆薬が括り付けられている。
「この時のために…特別に調合した『爆発の矢』だ。
お前も爆発が好き……なのだろう?」
爆炎剣を多用する彼のスタイルを揶揄したのだろう。
別に好き好んで自爆しているわけではないのだが…。
しかしその軽口は、諦念に囚われたユートの呪縛を解くには十分だった。
「これで…パンの件は貸し借りなしだ…な……」
思えば、ルルとの出会いは一つのパンがきっかけだった。
今までも十分助けてもらっていたのだ、そんなものとうの昔に精算しているだろうに…。
「……ありがとう、ルル」
突然の乱入者に動揺したメルトであったが、立ち上がる素振りを見せないこちらを一瞥すると、何かを捜すように辺りを見渡している。
勝負は決したと見て、配下のガーゴイルを呼び寄せているのだろう。
ルルに託されたこの一撃のチャンスは、今しかない。
ユートは起き上がると片膝を立て、ルルから借り受けた弓を構え──真っ直ぐに矢を放った。
鋭い音をたて、祈るように託されたその一撃。
しかし、そのたった一発さえ祈りは届かない。
「何をするのかと思えば…我には転移の魔法があるのだぞ?
ニンゲンは学習すると言う事を知らないのだな」
高速移動からのユートの必殺の一撃を躱した転移の魔法がメルトにはある。
風を切る飛翔音に気付いたメルトは、息をするように当然とばかりに、その身を矢の射線上から移し替えていく。
これでも敵わないのか…
だが、ルルは諦めずユートに託してくれた。
ならば自分も諦めてなどいられない。
矢がダメならもう一度、この身を刃にしてぶつかり合うまで。
「あなたこそ!
ニンゲンの事を知ろうともしないくせに!」
風が吹き抜ける……矢の軌道が変わった。
「風の力はこういう使い方もあるのよ!
ニンゲンは…ユートは最後まで諦めないんだから!」
エアがその身に纏う風を操り、軌道を変えつつ矢と共にメルトへと突進していく。
「ば、ばかなっ!
そんな事をすれば魔物であるお前までっ!」
「そんな事は百も承知よ!
ユートに救われたこの身!
こんな物に比べれば!」
言い終わるのが先か。
魔法とは異質な…しかしメルトの魔法にも匹敵する大爆発が一瞬で二人を飲み込んだ。
爆煙を突き破り、エアが弾かれるように吹き飛んでいく。
僅かに向けられたその目に、光はもう無い。
すぐにでも駆け付けたい衝動が込み上げてくる。
それでも…ユートは立ち上がりメルトへ向け走り出した。
仲魔が繋いでくれたこの戦いを、絶対に終わらせてみせる。
「はぁ…はぁ……な、なぜなのだ…
なぜニンゲンなんかに……我ら同胞がっ!」
爆発に身を焦がしながらも、メルトはまだ倒れていない。
しかし同胞と呼ぶ魔族の、その身を賭した行動に動揺を隠せず身を震わせていた。
気持ちは分からなくも無い。
ニンゲンへの復讐を掲げる目の前の魔物は、同じ魔物にその道を阻まれようとしているのだ。
きっと、メルトには守るべきものがあるのだろう。
それはユートも同じだ。
ニンゲンであるにも関わらず付き合ってくれている仲魔達。
ルル、エア、そして……
「ユートっ!魔術師さんはボクが捕まえたよ!
思いっきり…やっちゃってっ!」
ライムだ。
スライムの特性を活かし、包み込むようにメルトと宝珠を押さえ込んでいる。
「くっ!離れるのだ!
お前がいては転移ができぬ!」
「そうなの……?
ならっ!ぜーったいに離さないんだからっ!
ユート!早くっ!」
ライムとは一番付き合いの長い仲だ。
一人では魔物に立ち向かう事さえ困難だった道中、彼女はいつもユートを助けてくれた。
ボコスカと繰り出されるメルトの攻撃に耐え、その動きを封じてくれている。
余韻に浸っている時間などない。
ユートは残されたアイテムを手にし『吹き飛ばし』の魔法を氷柱へと放つ。
甲高い音を響かせ反射された魔法弾が、ユートの身を弾き飛ばす。
過剰な重力を押しつけられ逆流する胃液に咽せ返りながらも、相手を、メルトを見据え砲弾と化すユート。
「離れろ!離れろなのだ!
お前も…っ!巻き込まれるのだぞっ!」
「ここでやめたらユートが困るもん!
友達を困らせるなんてボクはイヤだっ!」
「ニンゲンが友達など!
お前は…お前は………」
攻撃を当てる事さえ困難であったメルトへ、盾を構えたユートが渾身の一撃を叩き込む刹那。
間に挟まれる形となったライムを庇うように、ユートは盾に込められたスキルを解放する。
『石壁』
モンスターハウスの戦いの後、アルファモンスターと化したワーラビットを撃退したライムが入手してくれた魔力の込められた盾。
あらゆる事象を一度だけ無効化し、自身への被害を無くす能力。
ユートの最後の切り札であったそれは、メルトの攻撃から自身を守るためでなく、仲魔を傷付けないために振るわれた。
ユートの手から離れた盾が反転していく。
渾身の体当たりがライムへと到達するその時、押し付けられた『石壁』が彼女へのダメージを無効化し、衝撃がユートを貫いた。
まだだ。歯を食いしばり耐えなければ。
あとはメルトへこの体を叩き込むだけだ。
その身をぶつける玉砕覚悟の特攻。
もしこれで再起不能となろうとも、ライムならば上手くやってくれると信じて。
そうしてニンゲンと魔族、その体が重なり───空間が割れんばかりの音が響く。
跳ね飛ばされるように転がる二人。
大きく距離を離し転がる事を止めた二人だが……ユートも、メルトも、ぴくりとも動かない。
「ユートっ!どうしてボクを庇ったの!
ねぇ、起きてよ!」
ゆさゆさと体を揺さぶるライムだが、ユートは応えない。
代わりに別の声があがった。
「なぜ…なぜなのだ……」
渾身の一撃を受けたメルトが、悔しげに地を叩く。
「宝珠の力を使ってもなお……
ニンゲンにも…それに与する魔物にさえも……」
その目は涙を湛えていた。
「かくなるうえは……
今ここで、全てのレベルを取り込み…お前を倒す!
………
宝珠よ!全ての力を我が手に!」
「メルトさんっ!」
「それ以上はいけませんっ!」
意識を取り戻しやっとの事で首を上げたユートが見たのは、
いつからそこにいたのか、ガーゴイルの二人がメルトを止めるべく駆けて行く姿であった。
『力の宝珠』が取り込んだ全てのレベルをメルトに還元する。
ユートを恐怖に陥れたそれ以上の力が、メルトの身に宿ろうとしていた。
こうなった以上、全滅は避けられないだろう。
ニンゲンである自分が残ればいい。
だからライムを…傷付き倒れたエアとルルを逃さなくては。
肩が外れてしまったのか、動かない左腕をぶら下げながらユートは立ち上がる。
ライムに支えられ倒れそうな体を引き起こし、それでも仲魔の元へと走らなくては。
体力を回復するアイテムは既に底を尽いた。
一歩ごとに頭が揺れ、バランスが崩れる。
せめて、せめて仲間達だけは………
光の中走り、前のめりに倒れ掛かる彼を、優しく抱き寄せる手があった。
「そこまでよ!!」
凛とした、広間に満ちた魔力すら平伏させるような一声。
この声は、ここにいるはずのない声は……
「あなたはよく頑張ってくれたわ。
ありがとう、冒険者……ユート」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます