第34話 ニンゲンの限界
『力の宝珠』からレベルを取り込み、圧倒的な力を得たメルト。
そこからの戦いは一方的だった。
ユートの爆炎剣より遥かに強大な爆発を巻き起こす魔法が乱れ放たれ、その余波だけで体力が削り取られていく。
震える手足を地面に叩きつけ、引き摺るように体を動かすユートだが、間断なく飛来する魔法の前では為すすべもない。
無詠唱の時とは比べ物にならない程の魔法が、威力も数も増して身に降りかかってくるのだ。
「力が溢れてくる…
まだ全てのレベルを取り込んでいないのに、だ。
素晴らしい……素晴らしいぞ!」
先程より幾分か光を失った『力の宝珠』だが、言葉の通りまだまだ余力があるのだろう。
ただでさえ絶望的な状況だが、あの全てがメルトの力となればどうなる事か。
可能であれば、メルトの相手はユートが務めたかった。
しかし今の状況ではそんな無理は通らないだろう。
仲魔の力を借りたい所だが……力を解放したメルトに呼応するように地面の魔法陣が輝き出したため、視界を遮られ状況はおろか位置すら把握できていない。
この状況は想定外だ。
しかし幸いにも、ユートにはまだ手札があった。
さらに、喜ぶように確かめるように力を行使するメルトからは、その絶対的な自信から来る油断が見え隠れしている。
今が最初の絶望であり、最後の勝機。
勝てないと諦め、恐怖に震えている場合ではない。
降り注ぐ魔法の間を縫って、ユートはポーチから一つの魔法書を取り出し、本に秘められた魔法を解き放つ。
キラキラと擦れるような音を発し、空気中の水分を凍結させる『氷の魔法書』によって、ユートの前面に氷柱がそびえ立った。
一瞬目を見張るメルトだったが、ふんと鼻を鳴らすと得意気に口を開く。
「何をするかと思えば、その程度の魔法か。
氷の魔法とは、こういうものを言うのだ!」
掲げられた『力の宝珠』を媒体にメルトの魔法が繰り出される。
今しがたユートが使用した魔導書の数倍の数はあろう氷柱が、一面を埋め尽くした。
魔法に絶対の自信を持つメルトならば、子供騙しにも見える『氷の魔法書』に触発され、見せつけるように上位の魔法を使用すると踏んでいた。
……その狙いは通った。
吐く息さえも凍り付くような空間の中で、驚く素振りも見せずユートはさらにアイテムを使用する。
手にしたのは魔法弾を放ち、触れた相手を吹き飛ばす『吹き飛ばしの杖』だ。
これをユートは…メルトではなく、自身の横にそびえる氷柱へと振り放った。
魔法の弾は氷柱のような鏡面で反射され、使用者へとその進路を変える。
魔法弾は特殊な条件で反射する……熟練の冒険者が知るべき特性のひとつ。
今回の旅では一度も使用せず、また知りもしなかったアイテムの活用方法。
だがユートは知っている。
断片的な記憶にある冒険者として「知っていた」のだ。
反射された魔法弾は速さを増し、ユートへと弾着した。
内臓が暴れ回る感覚を覚えながら、その効果によって吹き飛ばされるユート。
体験した事のない急加速を身に受けるが、うろたえている場合ではない。これで終わりではないのだ。
高速で移動しながらも、眼前に迫る氷柱へと杖をさらに振るい魔法を放つ。
反射され、その身を襲う二度目の衝撃。
そのままさらに三度、四度……進路を変えメルトの攻撃を躱し、ユートは氷柱の間を飛び回った。
めまぐるしく変わる視界にメルトの様子は判別できない。
だが、この高速移動の到達点さえ分かればいい。
光を放つ『力の宝珠』のその場所を。
そこへ、剣を振り抜く───
キィン、と何かが壊れる音がした。
高速移動から繰り出された一振りは、対象と…その剣身を打ち砕いてしまった。
痺れにより握力を無くした手から、いやに軽くなった剣が滑り落ちる。
移動で過重力を受けた弊害なのか、暗みがかる視界で良く見えないが…武器を失ってしまったのだろう。
だが、相手の生命線である『力の宝珠』も打ち砕く事ができたのだ。
これで、この悪夢が終わる……。
「高速移動できる者が、自分だけだと思っていたのか?」
砕かれた「それ」の向こうでメルトは冷ややかに言い放った。
左手に輝く宝珠を掲げて。
「お前の狙いはこの宝珠だろう?
来るのが分かっていれば、転移の魔法で避ける事など造作もない!」
ガラガラと氷柱が崩れていく。
ユートが破壊を試みた「それ」は確かに『力の宝珠』であった。
しかし、自身を瞬間移動させるメルトの魔法によって回避され、ユートの攻撃は奥にそびえる氷柱へと振るわされてしまったのだ。
「ニンゲンとは面白い事を考えるのだな、ユートよ。
だが、我ら魔族の力の前では奇策を用いようと赤子の遊戯同然。
これが、ニンゲンの限界なのだ!」
宝珠が輝き、辺りを覆う魔法陣の光が真っ赤に染まる。
「安心しろ……今は、気を失う程度で済ませてやるのだ。
その身が持つのであればな!
爆ぜろ!エクスプロージョン!」
メルトは全てを吹き飛ばす爆炎の魔法を名を唱える。
それは。見上げる間もなくユートの頭上から落ちてきた。
魔力の塊が飛来し、ゆっくりと音も無く爆散していく。
全てがスローモーションに映り、聞こえるはずの爆音も耳に届かない。
突然の衝撃に押し潰されるような圧と、固い何かによって、ただただ地面に顔を打ちつける他無かった。
メルトの放った爆炎の魔法によって、ギシギシと体を軋ませながら地面に圧しつけられるユート。
めり込む体が石畳を割っていく。
彼には、準備しておいた切り札はまだ一つだけ残されていた。
しかし、この状況でそれを用いたとしても打開する未来は見えない。
あの時それをすれば良かったのか。
どこで手を間違えたのか。
……考えてもどうしようもない、もう、全てが遅いのだから。
思えばいつ負けてもおかしくない戦いの連続であった。
取れる限りの手段を選択し、時に仲魔に助けられ…細糸を渡る思いでここまでやってきた。
もう、十分だろう。
すっかり心が折れてしまった。
早く意識を手放して、楽になりたい………。
「………!」
まだ意識があるのか。
「………ト!」
まだ倒れない……?
爆発の衝撃は今もなお続いている。
とうに倒れてもおかしくないダメージを受けているはずなのに。
「ユート!あきら…め……るな…!」
耳元で声が聞こえた。
身を呈し、爆発から彼を守る者がいた。
自身が傷を受けながらもユートの体力を回復し、その意識を繋ぎ止めていた者がいた。
爆炎の魔法がその力を使い果たした時、覆い被さるようにして彼の身を守ったその者は、口から黒煙を吐き出しながら笑う。
「げほ……
爆発も、慣れると悪くないものだ……な」
覆い被さるように肩越しに顔を覗かせたルルは、目が合うと力無く微笑んでいた。
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