第33話 ユートとメルト
ガーゴイルの相手を託した仲魔達が奇妙な戦闘劇を繰り広げているとは露知らず、ユートは目の前の相手ただ一人に集中する他なかった。
冒険を通して成長したユートの斬撃を、いとも容易く防ぐ魔術師メルト。
長物であるにも関わらず、その漆黒の鎌による攻撃は重さを感じない。
ドラゴンの爪撃と違って衝撃により体力を削られる感じは無いが、その動作は棒切れでも振り回すように速かった。
魔法を使う隙を与えないためにも押しに転じたユートの攻撃が、ことごとく防がれている。
「冒険者の力とはこんなものか!
この程度であれば、我の覇道を阻むニンゲンなど居ないであろうな!」
たどたどしい武器捌きのメルトだが、その手に握られた刃は吸い付くようにユートの剣先へと合わせられる。
先程よりも回転を上げたユートの攻撃が、その身に至る事がないのだ。
明らかに接近戦の技術が釣り合わないメルトにも関わらず、攻撃を防ぎ切るその能力は武器の力によるものか。
だとすれば、相手の武器が届く正面からの打ち合いでは埒が明かない。
そう判断すると、ユートは切り札のひとつを迷い無く切った。
腰元のポーチへと目をやる事なく手を突っ込み、瑞々しい果実を一つ取り出すと間髪入れず口に放り込む。
動作を切り詰めるため、予めポーチの準備を済ませておいたからこそできる流れるような行動。
体内に取り込まれた果実は即座に魔法の力を発揮し、ユートの素早さを劇的に引き上げていく。
かつてアラクネとの戦いにおいて、自分や仲魔のスピードを強化した魔法…の果実版だ。
対象は自身一人のみとなるが、魔法書と違い詠唱の必要がないため戦闘時の相性が良い。
身体が軽くなるのを感じメルトの視認能力を超えたユートは、その横を抜き去ると背後へと斬撃を放つ。
「ぐっ!
お、おまえっ!卑怯だぞっ!」
思った通りだ。
メルトが認識できない背後からの攻撃に対しては、鎌の能力であろう精密な防御機能が働かないようだ。
力を溜める動作すらも惜しんだ最速の一撃は、擦り傷程度ではあるが、メルトにしっかりとダメージを与えている。
魔法の果実によるドーピングは長く続かない。
その効力の続く内に勝負を決めなくては。
右手に握られた鎌の振るわれる範囲を避け、左から背後へと執拗に攻撃を重ね続けていく。
剣を振るう度に浅い傷が刻まれていき……何度目かの交差の後、ついにメルトは膝をついた。
ここだ!
当てる剣戟から倒す剣戟へと意識を切り替え、無防備に晒された背中へと跳躍しその刃を振り下ろす。
これで終わりなるはずの一撃。
その刃先がメルトの肩に触れるその瞬間だった。
キィーという耳鳴りと共に空気が爆ぜ、ユートの体は宙へと打ち上げられていた。
予想外の衝撃に耐えるユートに、見えない何かがさらにダメージを与えていく。
地に足をつけ体勢を立て直した時……その全身は無数の切り傷に覆われ、ユートはぐらりと膝を折った。
「……なかなかやるようだな。」
こちらに背中を向けたままのメルトであるが、ユートと同様にその全身には切り傷が浮かんでいる。
「お前の爆発する剣を参考にさせてもらったぞ。
しかし…さすが我の力だ。
お前を吹き飛ばすためとはいえ、こんなにもダメージを受けてしまうとはな」
膝をついたメルトはその掌を地面に向け、何かしらの魔法を…おそらくは風の魔法を放ったのであろう。
自身を中心に解き放たれた魔法は、術者とユートを飲み込み風の刃を突き立てたのだ。
これが魔術師の異名を持つ者の力。
抉れた地面と二人に刻み込まれた傷が、その威力の高さを物語っていた。
立ち上がりゆっくりとこちらを向き直すメルトを前に、ユートは体力を回復する魔法書を取り出し詠唱する。
メルトはそれを見つめたまま…魔法による追撃を放つ様子もない。
傷が癒える感覚を身に受けながら、メルトの一挙手一投足に注意を払うユート。
その時、かすかだが確かに聞こえた。久しぶりに本気を出させてもらう、と。
「宝珠よ!これまでに蓄えたレベルを我に!」
その言葉の意味は。
ユートから奪い蓄積されたレベルによる自身の強化。
宙に浮かぶ『力の宝珠』が激しく明滅し、ゆっくりとメルトの元へ吸い寄せられていく。
あれを手にされてはならない!
しかし、頭でいくら命令しようと足が動かない。
考えに反して、縫い付けられたように一歩も踏み出せないのだ。
ユートに見守られるように、宝珠がメルトの手に収まっていく。
導かれるように手に収められた『力の宝珠』を左手に、魔力を剥き出しにしたその顔には絶対の自信が浮かんでいた。
全身から汗が噴き出し脚が震える。
冒険者の勘か、ニンゲンの本能か分からないが、少なくとも身体は知ってしまった。
「ユート…お前の名は覚えておいてやろう。
さぁ、最後の戦いといこうではないか!」
……あれには、勝てない。
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