第32話 ニンゲンと魔族
踏み込んだ塔の最上階。
その場所は異様な雰囲気に包まれていた。
床一面に刻まれた大小の魔法陣。
その中心で鈍い光を明滅させながら浮かぶ魔法の球『力の宝珠』
そして、その下に佇む双角の魔物。
右手には禍々しいマナを散らす、漆黒の鎌が握られている。
「ようやく来たか…待ちくたびれたぞ!」
塔を統べる魔物──魔術師メルトは、長い旅の果てに辿り着いたユートを、値踏みするように見つめる。
その眼からは、これまでに出会ってきた魔物達にはあった、僅かな親しみすら感じ取る事はできない。
「あれから随分とレベルを蓄えてくれたようだな。
力を奪ってもすぐに成長する…ニンゲンのその特性、我々にも欲しいものだ」
無言で弓を番えるルルの前に身を晒し、お得意の先制攻撃を遮るユート。
メルトの左右に控えていた二人のガーゴイルが反応を見せるが、まだ戦闘を始めるわけにはいかない。
言葉が通じる相手であれば、話ができる。
戦いはその後に取るべき手段としたい。
「言っておくが、我と話し合えるなどと思うなよ。
お前達ニンゲンは言葉を操り平気で裏切りを働く………。
見え透いた手段に付き合ってやる義理はないのだ!」
とりつく島もないとはこの事だろう。
いつもは暢気なライムも、メルトの語気に体を強張らせている。
やはり戦いは避けられないのか。
「まぁよい……見よ『力の宝珠』の輝きを!」
メルトが手を掲げると、彼女の頭上に浮かぶ宝珠の輝きが増していく。
「まもなく…お前を倒せば宝珠がレベルで満たされる。
それを狼煙として、ニンゲン共への復讐を始めるのだ!」
復讐、とメルトは言った。
サキュバスが語ってくれた魔族の歴史、エアが抱いていたニンゲンへの嫌悪感。
ライムやルル、そして今のエアからは想像もしていなかったが、目の前の魔族にはしっかりとあったのだ。
ニンゲンへの復讐という目的が。
「我はバフォメットのメルト。
魔王様側近の魔術師メルトだ!
ニンゲンよ、お前の全てを我々によこすのだ!」
その言葉を皮切りに、メルトと二人のガーゴイルが地面を蹴った。
メルトの戦い方はエアから聞いている。
決して距離を離さず、魔法を使う時間を与えない事だと。
ユートはガーゴイルの相手を仲魔達へ託し、真っ先にメルトとの距離を詰めようとする。
意外にもガーゴイル達の妨害は無く、薙ぎ払うように振るわれる漆黒の鎌と剣が交わる。
鈍重な見た目の鎌にも関わらず、一切の衝撃もなくぶつかり合い、競り合うように止まる両者の武器。
息を吐く暇もなく、柄から手を離したメルトの左手が真っ直ぐにユートへと向けられる。
魔法による攻撃だ。
競り合いを止め横へと跳び退くと、ユートのすぐ足元から火柱が吹き上がっていた。
詠唱を必要としない魔法ですらもこの威力だ、直撃は避けなければならない。
魔法を回避してみせたユートに驚くメルトであったが、すぐに狙いを定め第二第三の魔法を撃ち込んでくる。
接近戦をしつつ、無詠唱の魔法を使う時間すら与えない戦い方をしなければならない。
競り合いなどしている猶予は無い、ありったけの力で連撃を刻み込むしかないのだ。
かつての戦いでドラゴンがそうしたように。
*****
「皆さん落ち着いて〜。
ゆっくり戦いましょうよ〜」
メルトの配下を相手取る事を任された仲魔達は、目の前の敵の対応に戸惑っていた。
ユートへの憎悪を剥き出しにしたメルトと打って変わって、ガーゴイルの二人は敵意など微塵も無い和やかな空気を振り撒いている。
「エアリアルさんもそんなに急がずに〜。
おしゃべりしながらやりましょうって〜」
のろのろと見せ付けるように振るわれるガーゴイルの攻撃を過剰に躱し、エアも状況が掴めずにいた。
「ガブリさん…だったわよね。
手加減してくれているのかしら?
……じゃあ、これはそういう事になるのね」
「これが私達の目的ですから〜。
メルトさんとは、あのニンゲンさんが戦ってもらいます〜」
どうやら仲魔達を足止めする事が目的らしい。
のほほんと言葉を投げ掛けるガブリの横腹にライムの頭突きが炸裂する……が、ほとんどダメージが無いようだ。
「そういえばスライムさんにはまだ話していませんでしたね〜。
遅くなりましたけど〜この計画の行末を説明させてください〜」
纏わりつくライムをぺちゃっ、と放り投げ、ガブリはまたものろのろと剣を振り回した。
「メルトさんが頑張っていますので〜戦っているフリをしながら説明しますね〜。
皆さんも適当に合わせてくださいね〜」
にょろーんと差し出される攻撃を難なく避け、エアを見るライムは困り顔だ。
言うべき言葉に迷うエアだが、その雰囲気に何かを感じ取ったのか…ライムもまた、のろのろと反撃を繰り出す事にした。
「矢なんて効きませんってば〜。
ちょっとぉ〜話を聞いてくださいよ〜」
ぎこちない戦いを展開するその反対側では、ルルが必死の形相で矢を放ち続けていた。
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