第31話 託された想い
ドラゴンとの激戦を下しモンスターハウスを攻略したユート達は、体力を整え塔の最上層を目指す。
先の戦闘で降参の意を示したドラゴンは、どっしりと胡座をかいて一向を見送っていた。
会釈し通り過ぎるユート、鼻歌混じりのライム、未だ魅了状態が抜けきらないルル。
なんともまとまりのないパーティだなと、ドラゴンの顔には自然と笑みがこぼれる。
その最後尾を警戒しつつ進むエアが目の前に来た時、ドラゴンが口を開いた。
「エアリアル…今はエアだったか。
俺達の事はニンゲンに伝えているのか?」
「いいえ…私が口を挟める問題じゃないもの。
それに、私だって元はメルトさん寄りの考えだったんだから」
声をかけられたエアは立ち止まると、振り返らず答えた。
「でも、計画…が始まったとして、どこかで止められてしまうのは分かっていたわ。
それなら私は、あのニンゲン……ユートがそうしてくれた方がいいと判断しただけよ」
「ははっ!あんなにニンゲン嫌いだったお前がこうも変わるとはな。
……ならば最後は奴に、任せてやってくれ」
エアもその言葉の意味する結末を望んでいる。
元よりそのつもりよ、とだけ答えると、仲間達が待つ階段へと去って行った。
「姉妹ゲンカはもうこりごりなんでな。
うまくやってくれよ。
……頼んだぞ、ユート」
「ねぇ、あのドラゴンさんと何をお話ししてたの?」
「別に……メルトさんは魔法の扱いが上手だから気を付けなさい、って忠告を受けただけよ」
ドラゴンとの会話は隠さなくてはならない話では無いが、今ここで話したい内容でもない。
エアは取ってつけたように別の方へと話題を向ける。
「メルトとは、魔術師の二つ名を持つ魔族だな。
魔王にも匹敵する力の持ち主で、火や風に氷…それと雷の魔法を操り、お祭りなどの演出担当として異名を轟かせたと聞いているぞ」
魅了状態から抜け切ったルルが、指を立て説明モードに入る。
いつまでも魅了状態の余韻が残る姿に業を煮やしたエアから一撃を貰ったその顔には、小さな紅葉が張り付いていた。
お祭り!というワードに反応したライムであったが、すぐに興味をなくしたようだ。魔王やら魔術師やらは気にならないように見える。
「ふうん。
ボクはニンゲンが来たよ!って聞いてお小遣いを稼ぎに来ただけだったから、事情?とかよく知らないんだ。
ねぇ、どうしてメルトさんはユートを困らせようとしているの?」
それは…と、出かけた言葉を飲み込むエア。
代わりに別の言葉を引っ張り出す。
「きっとユートのレベルを奪って強くなりたいだけよ。
魔族なら、誰だって一度は最強になりたいとか思ったりするもんじゃないの?」
そういうものなのかー、と一人納得するライムだが、ユートは素直に頷けずにいた。
ユート一人だけに時間を費やしレベルを奪う行為は、決して効率のいいやり方とは言えない。
より強くより効率的に力を得るのであれば……魔族領に少なからず侵入している他の冒険者達へ矛先を向け、次々に力を奪うべきであろう。
それをしないのは何か理由があるのか。
時間をかける必要があるのか、事を大きくできないのか、領地的な問題か…?
外出を禁じられ、家の中でできる精一杯の悪戯に興じる子どもの遊びに付き合うような…そんなもどかしさにも似た違和感を、ずっと感じていたのだ。
……。
……あの時の子どもの相手は骨が折れた。
脱走癖があり、無理に抑えつけると反発してとんでもない距離まで逃げ回る困り者だった。
適度に脱走に付き合って、ガス抜きさせてやるのが一番だと、依頼の終わり間際に悟ったものだ。
……徐々に記憶が染み出してくる。
この戦いが終わったら、ゆっくりと記憶を掘り起こしていきたい。
その後は───
「何ぼんやりしているのよユート。
恐らくだけど……次の戦いに負けたら、あなたはメルトさんに全部奪われて用済み扱いされるわ。
この意味が分かるわよね?」
思考の沼に落ちそうになるユートへと、エアが発破をかけてくれた。
そうだ、考えるのは後だ。
「分かったならいいわ。
だから……絶対に勝ちなさいよ」
そう言うとエアはふいっと顔を背け進み出した。
*****
モンスターハウスを抜けてからいくつもの部屋を横切り、階段を登った。
ここに来て魔物達の襲撃は全く無くなっていた。
出会い頭の遭遇も、遠目に見かける魔物すらもいない。
そして今足を踏み入れた、多くの魔物達がたむろしていたであろう大部屋でさえそれらの姿は無く、ユート達の足音だけが寂しく響いていた。
魔物との遭遇が少ないどころか全く無い状況を警戒していたエアだったが、この部屋の様子を見て何か確信したようだった。
整然と机が並び会議室のような使われ方をしていた部屋であろう。やけにお菓子の食べ残しが散乱しているが。
その部屋の奥、上へと続く階段の前に辿り着いた時、エアが口を開いた。
「この階段を登った先が…最上階。
もう後戻りはできないわよ」
「戻る心配なんてあるものか。
準備は万全!
魔術師など、魔法を詠唱する前に倒してしまえばいいのさ!」
「お話するぐらいはしようよ……
でも、戦う事になってもボクは負けないから!
任せてよね!」
「あなたは…大丈夫?ユート?
気が進まないのであれば、私が……」
続く言葉を手で遮り、それ以上は不要であると告げるユート。
選択の余地無く始まった彼の冒険であったが、ここまで信じて着いてきてくれた仲魔達だ。
不安があろうとも、最後まで仲間を信じ進み続けたい。
彼が冒険者であった頃ならば、迷いなくそうしたように。
ユートは決意をあらたにする。
階上には、彼をこの冒険に駆り出した魔術師メルトがいるのだ。
あの時は配下の魔物の相手すら務まらなかったが、今は一人ではない。
必ず勝って、この冒険を終わりにしよう。
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