第30話 残されたもの
ニンゲンを捕らえ力を奪う結界。
その結界の術をかけた張本人であり、ユート達が攻略を目指す『帰還の塔』の支配者でもある魔術師メルトは荒れに荒れていた。
「んも〜、そんなにヤケ食いしないでくださいよ〜。
また太りますよ〜?」
間延びした声で諌める石肌の魔物ガーゴイルの声に耳を貸そうともせず、ただひたすらにチョコレートを頬張る。
いつもであればガーゴイルの言葉を聞き流すメルトに言い聞かせ、物理的に偏食を咎める者がいるのだが、この場にその者の姿は無い。
メルトが不機嫌な顔で覗き込む、ユート達の動向を映し出したプロジェクターの中にその赤鱗の姿があった。
「ドラゴンのお姉ちゃん、なんで負けなんて言っちゃうの?
ニンゲンもスライムも、お姉ちゃんならあそこからでも絶対勝つのに!」
「いやぁ〜あれ以上はどっちもケガしちゃいますからねぇ〜。
それにしてもニンゲンさんやりますねぇ〜」
ヘラヘラとメルトが食い散らかしたお菓子の包装紙を片付けるガーゴイルだが、メルトの不機嫌度は限界突破していく。
「あんなの!隠れて騙してずるい!
油断させておいて…やっぱりニンゲンは卑怯者だ!」
ぷすーと頬を膨らませ追加のお菓子へと手を伸ばす…が、既にガーゴイルに片づけられてしまった後。
伸ばした手を仕方なく腕組みし、ふん!と天を睨み付ける。
「もう〜そんなに怒らないで下さいよ〜。
それよりも、この後の事は大丈夫ですか〜?」
「大丈夫もなにも、ようやくここまで来たんだ!
私は絶対に負けないし、あいつの力を奪ってこの計画を成功させるんだから!」
ふん、ふん!と鼻息荒く立ち上がるメルト。
その様子にガーゴイルはため息をつく。
「その事ですけど〜…
本当に私達は戦闘に参加しなくていいんですか〜?」
ユート達の旅の終着点であるこの塔。
メルトはそこの支配者であると自負している。また、ガーゴイルやドラゴン、塔を離れたアラクネをはじめとした魔物達も、メルトをボスとして盛り立ててくれていた。
それが分かっているからこそ、メルトはただ一人でユート達を迎え撃つべく塔の最上階で待つ事にしていた。
ボスとはこうあるべき、というプライドがあったのかもしれない。
図書室で読んだ冒険活劇に影響されたものではあるが。
「最後は私が決めなくちゃ。
みんなを巻き込んだのは私だもん。
……私がやらなくちゃ」
ぐっと手を握りしめるメルト。
長い間子守係を務めていたガーゴイルは知っている。その決意の固さを。
だからこそ言わねばならない。
「メルトさんがそうであるように〜、
私達にも守るものがあるんです〜」
二人のガーゴイルが一歩、進み出て言葉を続ける。
「そうですよ〜。
ですから〜、メルトさんが何と言おうと私達だけはついて行きますからね〜」
「だ、ダメだよ!
私だけでニンゲンに勝てるって証明しないと、誰もついてきてくれない!
ガーゴ、ガブリ!私にやらせて!」
必死に想いをぶつけるメルトだが、ガーゴとガブリと呼ばれる二人のガーゴイルは、それでも引き下がらない。
「あのニンゲンさんは仲間と一緒に戦うはずですよ〜。
私達は…メルトさんの仲間ではないんですか〜?」
「みんな大切な仲間だよ!
で、でも…ニンゲンは私がやっつけなきゃ…」
しどろもどろに言葉を探すメルト。
もうひと押しだ、とガブリとガーゴは頷き合う。
「でしたら〜、同胞達の相手は私達がします〜。
メルトさんはニンゲンさんの相手をすれば問題ありませんよね〜」
「相手も複数ですし〜、私達二人ぐらいなら増えても文句言われませんよ〜」
のんびりとした口調ではあるが、交互に畳み掛け反論の隙を与えない。
最後には勢いを削がれ、二人の同行をしぶしぶ認めさせる事に成功した。
うー、と唇を噛むメルトを尻目に、ガーゴイルの二人は振り返り、この場に集った大勢の魔物達に肩をすくませて見せる。
ボス戦という特別な意味を持つ舞台へ、多勢を率いて臨む事をメルトが認めない事は分かっていた。
だからこそ、言葉を弄してガーゴイルの二人だけでも連れて行くよう、事前に示し合わせていたのだ。
はじめから、メルトを一人で行かせるつもりなどないのだ。
危なっかしいメルトの護衛もあるが、ここまで辿り着いたニンゲンを見極め、未来を見据えた決定をしなくてはならない。
避けるべき未来を、選ばせないために。
「それじゃあ〜、メルトさんの気が変わらない内に行きましょ〜」
「サクッと終わるでしょうから〜、身軽な装備で大丈夫ですよきっと〜。
お菓子は置いて行ってくださいね〜」
チョコレートを小脇に抱えたメルトに釘を刺すと、あたふたするメルトの両の手を繋ぎ連行して行ってしまった。
「さて、と。私らも備えようか。
もし、あのニンゲンがメルトさんに負ける事になったら……急がないとね」
誰かが呟くと、残された魔物達は無言で支度を始める。
階下にはユート達が迫っている。
あのニンゲンの行動は『力の宝珠』を通してしっかりと見極めさせてもらった。
加えて、経験を積みレベルも十分に高まった今であれば、魔術師の異名を持つメルトとも渡り合えるであろう。
これ以上の戦闘は必要ないのだ。
彼らには万全の状態でメルトと戦ってもらわなくては。
「はじめのうちはどう収拾をつけようか心配だったけど…なんだかんだ楽しかったよ、皆。
………。
魔王様、もしもの時はお願いします」
魔物達が去り、しんと静まり返る部屋に重い扉の音が残される。
これから巻き起こる大騒動の前の、ひと時の静寂を惜しむように風が鳴いていた。
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