第29話 終わりへの一手
時は少し遡る。
ライムは迷っていた。
目の前に広がる惨状に、自分がいま何をすべきなのかと。
アルファモンスターとなったワーラビットを撃退したライムは、勝利の喜びに浸る間も惜しみ仲間の元へと急ぎ戻っていた。
一番槍として飛び出した私の役割は成功したよ!と、部屋の入り口を背に苦闘している仲間達へと報せなければ。
そして多数に囲まれるモンスターハウスからの脱出を図らねばならない。
ワーラビットに打ちのめされたライムであったが、それでも身体に鞭打ち走り続けた。
そして勢いに身を任せ突入したモンスターハウスで、彼女の想像していない光景が目に飛び込んで来たのだ。
入り口付近で防衛線を敷いているはずの仲間達。
しかしその姿はそこに無く、左右に分断する形で戦いが繰り広げられていた。
右手ではドラゴンとユートの激しい攻防が火花を散らし、左手ではエアが敵中を飛び回り絶叫を巻き起こしている。
ルルは虚な目をしているが…なんだか楽しそうだ!
どちらに加勢すべきか。
エアとルルのコンビはうまくやっているように見える。
何がどうなっているのか皆目見当もつかないが、矢が飛び交い爆発が引き起こされ敵の数が減っていくのが見てとれた。
ならば、どんどんと壁際に追いやられていくユートへ合流すべきか。
そうこう考えを巡らせていると、視界の端で…ユートとドラゴンの間から爆発が巻き起こった。
続いてライムまで到達した衝撃波がその身を震わせる。
「あれは……ユートの!大変だっ!」
敵味方問わずダメージに巻き込む『爆炎剣』の威力を知り体感もしているライムは、ユートを救援すべく動き出した。
しかしユートは相当に押し込まれたか、ライムとの距離は遠い。
爆炎剣の対象となりながらも、距離を取り器用に避けてみせたドラゴンにダメージは無いようだ。
しかし使用者であるユートは、薄れ行く爆煙の中で大ダメージを負っていることだろう。
ライムが駆け付けるのが先か、ドラゴンの追い打ちが先か。
ピュン!と甲高い音がひとつ。
ドラゴンに稲光が走った。
ユートの魔法の杖の効果だ。
ピュン!
二つ目の魔法弾の音が聞こえるも、それはドラゴンに避けられ…いや、元よりドラゴンを狙っていないかのようにこちらへと飛んでくる。
消え行く煙の中、ユートと目が合った。
その意図をライムは瞬時に理解する。
(分かったよユート!任せてっ!)
こくり、と頷くとライムは魔法弾に向かって飛び込んでいた。
*****
「なん…だと……」
追い詰められ絶体絶命となったユートへと振り下ろされるドラゴンの凶爪が、その身に届く事はなかった。
その攻撃がユートに到達するほんの寸前に、ドラゴンを衝撃が襲ったのだ。
「えへへ、間に合って良かったよユート!」
防御を捨てたユートが最後に放った魔法、それは『雷の魔法』では無い。
強いて言えば、雷の魔法は初撃にドラゴンに撃ち込んだただの一発のみであった。
雷の魔法を警戒したドラゴンが躱し続けたそれは、対象の身体能力を大きく引き上げる『強化の杖』。
そして、その魔法を重ねて受けパワーアップした対象を、瞬時に引き寄せる『引き寄せの杖』の魔法をもってしてドラゴンの背後に高速移動させたのだ。
そう、渾身の頭突きを放つライムを。
雷の魔法を印象付け、続く強化の魔法を躱すよう仕向けた。
爆発の間際目に映ったライムをパワーアップさせるこの試み。
過去にこの魔法によりアラクネと互角以上にやり合ったライムは、ユートの思惑を瞬時に理解し、応えてくれたのだ。
そうして万全な状態となったライムの攻撃を、無防備な背中へ瞬時に届ける引き寄せの杖。
これらの『賭け』により渾身の一撃を受けたドラゴンは、ユートの頭上を吹き飛び壁を背に苦々しく言葉をこぼしていた。
「見くびっていたのは、俺の方だったか…」
まだやるの?!とポーズを取るライムとユートを前に、トントンと腰をさすりながら立ち上がるドラゴン。
(このニンゲンならば、きっと…)
大ダメージを負ったにも関わらずドラゴンの顔は晴れやかであった。
ふう、と一息つくと力無く腕を組む。
もう戦えないわけでは無い、しかしその必要は彼女には無かった。
「お前達の…お前の勝ちだ、ニンゲン」
肩の荷が降りるのを感じ、戦いの終わりを宣言する。
終わったのか…?
緊張から解き放たれたユートの背後で、エアに吹き飛ばされたピンクスライムが逃げ帰っていく。
モンスターハウスの攻略が今、達成されたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます