第28話 災厄
「あっちは派手にやっているようだが…
お前は動かないのか?」
エアとルルのコンビが阿鼻叫喚の図を作り上げているその最中、ユートはドラゴンと睨み合っていた。
戦闘開始からどれ程経ったであろうか…初手に選択したアイテムを消し飛ばされたユートは次の行動を決めあぐねていたのだ。
かかってこいと言わんばかりに腕組み待つドラゴンであったが、動きのないユートに痺れを切らしたのか、溜め息混じりに言葉を続ける。
「ニンゲンってのは一人じゃ何もできないのか?
そんなんじゃこの先…
いや、ここで冒険終了になるだけだぞっ!」
言葉と共に空気を歪ませる程の熱量が吐き出される。
ユートの魔法書を焼き尽くしたドラゴンのブレス攻撃。
燃え盛るそれを身に受ければ無事では済まない。
だが、しっかりと相手を見据えた今ならば…回避できる。
ユートは斜め前方へ跳び、肩を通り過ぎる熱気に顔を顰めながら空中で剣を抜いた。
「ようやく構えたか。
ほら、来なよ。ここからは接近戦に付き合ってやるぞ」
来なよ、と言いつつもドラゴンは駆け寄り爪を振り上げてきた。
言っている事が違うじゃないか、と口に出す余裕などユートには無い。
爪と剣がぶつかり合うギンッという音がやけに響いた。
大柄な体躯の見た目に反してドラゴンのスピードは速かった。
鋭利な爪が振り下ろされる度に、爪先へと剣を合わせ体への到達を防ぐユート。
その度に刻む衝突音だが、間隔はどんどんと短くなっていく。
防戦一方ではダメだ。
ライムやエア、ルルいずれかが崩れれば、残りの魔物が殺到しモンスターハウスの攻略は望めない。
いち早くドラゴンを退け、仲魔の援護に駆けつけなければならないのだ。
だが、相手は強者の風格漂う赤鱗のドラゴン。
記憶が朧げなユートはユートでさえ、その名には覚えがある。
ニンゲンの村々を焼き、彼らの生息圏を狭める原因となった『災厄』と呼ばれる魔物である、と。
その災厄と正面からやり合って勝ちの目はあるのか。
強大な膂力から繰り出される攻撃を受け止めるだけで精一杯の今、奇策を持って流れを掴まなければならないのではないか。
その焦りが、ユートの判断を鈍らせていく。
ニンゲンと戦う事が嬉しいのか、楽しそうに連撃を繰り返していたドラゴンだが、防御に徹するユートを崩そうと大げさに爪を振り上げたその瞬間を捉えてしまった。
はっきりと認識させられる隙。
何を期待しているのか、ドラゴンが口角をニィッと吊り上げる。
ユートはその意味も分からず、追い立てられるように豪剣を放ってしまった。
『爆炎剣』
剣先から大爆発を巻き起こし、彼我の境なく大きなダメージを与えるユートの奥の手。
整えられたように作り出されたドラゴンの隙に、そのスキルを押し込んだ。
収縮する力が広間の光を奪う。
ユートの窮地を何度も救ったこの豪剣。
次の瞬間には、目の眩む閃光と大爆発が二人を襲うだろう。
辺りの光を奪い一瞬の内に暗転する世界の中で、部屋に飛び込んで来たライムの姿が目に映った。
背後の敵を迎え撃つため単身で向かってくれたライム。
無事に退路を確保し戻ってきてくれたのか。
ルルとエアも無事でいるのか…
一切の思考と闇を閃光が塗り替え、けたたましい破裂音と共に爆発が巻き起こった。
並大抵の魔物であれば一撃で吹き飛ばすそれは、爆心地に居た者を………
ユート「だけ」を薙ぎ払い、深々としたダメージを負わせていた。
「まさかこんなに早く『奥の手』が見られるとはな……。
ちょろ過ぎて笑えてくるぞ」
爆煙の向こうから楽しそうな声が届く。
「ニンゲンよ。お前がこの道中で何度も使った『それ』の対策は出来ている。
見せ過ぎたんだよ、お前は」
未だ残る煙を掻き切るようにドラゴンの爪が振り下ろされる。
だが、煙の中でその手は空を切った。
「まだそこに居ると思ったが……事後に動く事は出来る、か。
感心だ、そうでなくてはな!」
手応えが無かったにも関わらず、その声は嬉色を帯びているようであった。
ユートは、あの一撃でドラゴンを倒し切れない可能性がある事を想定していた。
首尾よく撃破できたのであれば仲魔の元へ急ぎ向かう。
ダメであれば……短期決戦は諦め、当初の予定であった役割をこなす。
自爆して終わりました、となった先刻の出来事を繰り返してはならない。
それに、彼女なら応えてくれる確信がある。
ユートが窮地を脱するこの作戦に。
ユートはもうもうとした爆煙が燻るその中で、爆発に軋む身体を奮い立たせ次の行動に移っていた。
煙を隠れ蓑に体力を回復し、ポーチから魔法の杖取り出し両手に構えるユート。
その煙が晴れた時、杖に込められた魔力を解き放ち魔法の弾を射出した。
ここから巻き返す、手始めの一撃だ。
「んなっ……!」
完全に油断しきっていたドラゴンに魔法の弾が触れると、その体を這うように雷が迸る。
これは雷によりダメージを与える『雷の杖』の効果だ。
しかし、これだけで倒し切れるほどヤワな相手だとは思っていない。
ビクッと仰け反り身体中から白い煙を上げるドラゴンだが、足を踏み抜き体勢を整えるとユートを睨み付ける。
「俺のブレスを警戒してアイテムなんぞ漁ってる余裕など無いと踏んでいたが…
煙に隠れて準備するとは考えたな」
邪悪に笑うドラゴンの口元に熱が蓄えられていく。
きっとブレス攻撃が来る。
ドラゴンに攻撃の主導権を渡してはならない。
ユートは左手に持った杖を持ち替え、さらに魔法の弾を放ち続ける。
「惜しかったな。
当たるのはさっきの一発だけだ。
そんなもん…見てれば避けられる!」
その言葉通り、巨体を翻し器用に魔法を躱していくドラゴン。
さらに回避の度に大きく距離を詰め、魔法の杖がその魔力を全て吐き出した時には、その爪先がユートへ届こうとしていた。
「またこのカタチになったか。
『奥の手』の事後処理は見事だったが、俺をみくびり過ぎだ」
そう言うと先程と同じように手を大きく振り上げるドラゴン。
防御する気など起きない程に、大きく振りかぶった一撃をユートへと叩き込むつもりだ。
隙を伴う予備動作であるが、ユートの反撃など歯牙にもかけないという事だろう。
追い詰められたユートがまた『爆炎剣』を使うと考えているのか、何をしようがどうにでもなるぞという笑みが窺える。
先程はその「隙」に飲まれてしまったユート。
だが今は違う。
剣を抜き放つかの如く繰り出された、ユートの一閃。
手に握られていたのは剣ではなく、背中に括り付けていた三本目の杖であった。
防御も回避も選択しなかったユートはこの後、ドラゴンの一撃を受けるであろう。
それでもこの一発に賭ける。
薙ぎ払われ、甲高い音を発し放出される魔法の弾。
その軌跡は真っ直ぐにドラゴン……のすぐ脇を通り抜けていった。
雷の魔法程度で止まるつもりなどなかったドラゴンであったが、この距離で狙いを誤るとは思っていなかったのであろう。
最後の頼みの綱を外してしまったユートへと憐みの笑みを向ける。
「これで終わりだ。……出直してきな」
次はもっと強くなって来いよ、と。
頼みにも似た願いを込めて。
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