第27話 ライム、がんばる




エアとルルのコンビが大暴れしているその一方。


ライムは退路の安全を確保すべく、来た道を急ぎ戻る。

部屋の入り口では挟み撃ちに合ってしまうと判断したユートから、背後の魔物撃退を託されたためだ。


相対する者が何者であろうと迅速に撃退し、時間を稼ぐメンバーへ合流しなければならない。

そんな事を考えふと、魔物の気配を感じ足を止めるライム。


通路の先に現れた者は、槍を携えるウサギの魔族ワーラビットだ。

道中何度か戦闘を経験した種族だ。

あの時はパーティを組んだライム達の敵ではなかった相手だが、今は一対一。


それになんだか様子がおかしい。



「洞窟で会ったスライムじゃないか!もうここまで来るなんてな!」



快活に声を掛けてきたその相手は、蜘蛛の魔物アラクネと戦った際にお供として仕えていたワーラビットだった。



「ワタシは姐さんと山を降りずに居残り組になったんだけどさ、また力比べできるなんて嬉しいよ」



一度は拳を交えた相手だが、先の戦いではリーチの差で苦戦し、ライム単独では決着がつかなかった魔物だ。

あの時より強くなったとはいえ、苦戦した記憶が思い出される。


その姿を見て、ライムの額に汗が滲む。



「あぁ、これかい?

帰ってくる時に霧にあてられてさ。

皆は休んでろ、って言うんだけどなんだか昂ってしまって」



ぐっ、ぐっと手を握るワーラビット。

その身体からは紫の靄がたなびく。

ただでさえ相性の悪い相手、それが霧に侵された魔物『アルファモンスター』となり、溢れ出る魔力がゆらゆらと立ち昇っていた。



「というわけでさ。

こんな状態はフェアじゃないけど、ここを守るのがワタシの役目なんでね…

今度は決着、つけさせてもらうよ」



言うな否や勢い良く石突を打ち鳴らしての跳躍。


ここに居てはマズイ、と訴える本能のままライムは身を翻すと…そのすぐそばの壁を槍が穿っていた。



「へぇ、これを避けるとはね!

スライムなのにやるじゃないか!」


「ボクだってあの時のボクじゃないよ!

ライム、がんばるんだからっ!」



名を得たスライムとアルファモンスター。

二人の戦いが始まった。






槍というリーチに秀でた武器を持つ相手と戦う際、間合いは最も重要なポイントとなる。


ライムの攻撃手段は体を硬化させつつ放つ頭突き。

熟練のスライムは体を伸ばしたり投げたりとリーチを補う戦いを得意ともするが、今のライムにできる事は接近しての頭突きのみ。


霧の力によりハイテンションとなったワーラビットの矛先を潜り抜け、体と体のぶつかり合いを仕掛ける他無いのだ。

戦闘経験に乏しいライムは打ち倒されぬよう、辿々しい足取りで必死に接近を試みていくしかなかった。


対して相手は生粋の戦兎民族のワーラビットだ。

ライムの思惑通りにさせまいと、クルクルと槍を手繰り、距離をとりながら突きを放ち続けてくる。


その突きを屈み、体を捻り、時には円を描くように避けるライム。

そうして引き戻される矛先に追従し…

一手ごと次第に差を詰めていく。



「ここならボクの攻撃だっていけるはず!」



急加速し、筋肉質な腹部へと頭突きを叩き込む。

スライムの頭突きを受けたワーラビットが呻き声を上げた。


ようやく与えた一撃、しかし常に下がり続けるワーラビットに威力を減じられ有効打とはなっていない。

頭突きに体積を集中した力を溜めた一撃であれば倒せるかもしれないが、この高速戦闘の最中にそれは許されないだろう。


「ワタシの突きを捌くか!

なら…これはどうか、なっ!」


先程のダメージなど感じさせない力強い跳躍を見せるワーラビット。

その予備動作の後の行動は、誰が見ても予測はつくだろう。

壁をも穿つ空中で回転を加えた一撃が来るのだ。


そこから繰り出されるのは刃先から柄までの長い『線』を活かした攻撃。

この直線全てが攻撃範囲となる事を察知したライムは、すんでのところで横に跳びのいた。



「あぅ!」



地を伝う衝撃に身体が崩れそうになる。



(避けたのに、どうして!)



この直線から逃れられれば良いとしたライムの判断には誤りがあった。


回転の後に繰り出されたのは突きではなかった。

それは槍としての役割を無視した、乱暴な叩き付ける打撃。

石畳を捲るほどの余波は直線のみならず『面』として、より広範囲を攻撃の対象としていた。


ライムは直撃を逃れはしたが、霧によりアルファとなったワーラビットの一撃だ。

その衝撃だけでもライムの体力を奪うには十分過ぎるものだろう。



「ふふん!驚いたかい?

こんな使い方をできるのはワタシらぐらいのもんさ!

さて…次でトドメかな」



想定外の使われ方をされている槍は、塗装が剥げボロボロとなっているが…

刺せれば良い、叩ければ良いのであろうワーラビットは気にせず畳み掛ける。


ライムへ終わりを告げる石突の音を残し、再びの跳躍。



「ただのスライムにしては頑張った方だ!

帰ったら仲間に自慢するといい!」



追い詰められたライムに回避する場所は無い。



(もう、避けるスペースが…こうなったら!)



万事休すか。



「……ほ?ほわあぁぁぁぁあ!!」



突如こだまする素っ頓狂な声。

唐突にライムの眼前が光ったと思うと、そこにはゴブリンの一種であるゴブリンヒーローが現れていた。



「へ?ワーラビット?!ちょ、ちょっと待ーー!!」



ライムへ振り下ろされるはずであった槍の一撃は、間に割り込んだゴブリンヒーローへと襲いかかる。


ガッチ!と


次の瞬間、はっはっと息を乱し、真剣白刃取りの体でゴブリンヒーローは槍を受け止めていた。



彼女はエアとルルの罠作戦に巻き込まれ、対象をフロアのどこかへ転移させる『転移の罠』の被害に遭った魔物だった。


数ある内の転移先が戦闘の真っ只中というのは、運が悪いとしか言いようがあるまい…。

転移により呆けていた直後に大技が飛んできたのだ、受け止めはしたが心臓はバクバクである。


もちろん、これで終わりだと確信していたワーラビットも、突然の出来事に目を丸くしていた。



「…今なら…ボクの思いっきりを!出せる!」



ゴブリンヒーローの背後。

ライムが取っていた選択は、相討ち覚悟の力を溜めた頭突き攻撃。

先程の何倍にも膨れ上がったその頭部が、槍を受け止められ無防備となったワーラビットに突き刺さった。



「ただのスライムじゃない!

ボクは…ボクの名前はライムだっ!」



身体をくの字に曲げ、部屋の隅まで吹き飛んでいくワーラビット。

叫び声にも似たライムのその言葉だが、信じられない程の一撃を受けたワーラビットには聞く余裕などなかったであろう。


轟音と共に隅へと倒れ込んだワーラビットは魔力の奔流となってかき消えていき…跡には戦利品が転がっていた。




アルファとなったワーラビットを吹き飛ばしたライム。

スライムとは思えない一撃を放った彼女を見て、ゴブリンヒーローは後にこう語る。


魔王の一撃かと思った、と。



にこやかに振り返るライムの顔を見て、ゴブリンヒーローは迷いなく降参を決め込んだという。


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