第26話 なんとかと罠は使いよう
『魅了状態』
徒党を組む冒険者が最も恐れる状態異常。
敵味方の認識が曖昧になるとも、術者の言いなりになるとも言われる、ある意味裏切りの心身異常に陥る。
そこに男女の区別はない。
先の人魔の対戦の際、この力を操るサキュバスが一大勢力として名を上げた恐るべき技だ。
射撃の対象をエアに定めたルルの…腰に纏わりつくピンク色のスライム『ピンクスライム』が、この状態異常を操り状況を一変させてしまった。
「あぁなったらもうお終いね。エアリアルも諦めなさいよ」
ニヘラニヘラと気味の悪い顔を浮かべるルルを一瞥し、鳥の魔族モーショボーの鉤爪が空を切る。
……やられた。
派手に立ち回り目を引くエアから隠れるように、ピンクスライムは攻撃の要であるルルへと忍び寄っていたのだ。
そして単純なルルは魅力に抗えず、彼女の言いなりになってしまった。
「んーもうっ!ボサっとしているから魅力になんてなるのよ!」
的確にエアを狙う木の矢をはたき落としながら愚痴をこぼす。
先程まではルルの射撃を警戒し団子状になっていた魔物達だが、攻撃が来ないと分かった途端エアを取り囲み始めていく。
余裕の表情で四方から繰り出される攻撃。
対して回避に専念するエアの息は苦しい。
(こうなる前に無理を通してでも数を減らしておくべきだったか)
浅くなる呼吸の中で、エアは諦念が湧き始めていた。
前から横から、上から後ろから…ひっきりなしに襲いかかる攻撃に思考が鈍る。
さらには命中しないとはいえ、執拗にエアを狙うルルの射撃がうっとうしい。
回避先を予測するかのように的確に届けられる矢。
腹立だしい事に弓の腕前は確かなのだ。
今も一本、風の加護により地面へと堕ちゆくが、加護がなければハリネズミのようになっているであろう。
カチッ
無機質な音の直後、木の矢がエアの左方から飛び出してきた。
これはルルの放った矢ではない。
咄嗟に…疲れにより思考がままならないエアは、風の加護があるにも関わらず回避行動をとった。
「あ、痛ーっ!」
直前までエアが居た場所を通り抜けた矢は、エアへと狙いを定めていたモーショボーを撃ち落としマナの奔流へと変えていく。
「えっ………?」
突然の出来事に思考が停止する。
ダンジョンにはマナや圧力を感知し作動する『罠』がある。
主に侵入者、ニンゲンへのトラップとして機能するものだ。
そして、魔物達が詰める『モンスターハウス』
ここには警備の都合上、数多くの罠が仕込まれている。
先程までエアが居た場所…その足元にはルルが放ち、風の加護により叩き落とされた木の矢が一本。
その木の矢が、罠を起動させるスイッチとなったのだ。
そして不運なモーショボーは、罠により射出された矢の的となってしまったのである。
これは使えるかもしれない。
「やーい、下手くそルル!私はこっちよ!ちゃんと狙いなさい!」
今の出来事で、楽勝ムードだった魔物達は警戒し、動きが固くなっている。
このチャンスを掴み取らねば。
エアは目測をつけた場所へ回避しつつ飛び出した。
ヒュッと、期待通りに風を切り飛来するルルの矢。
風の加護に阻まれ、地面に落ち、そして……
カチッ
起動音を確認する間もなくエアは飛び退く。
直後、罠による小さな爆発が巻き起こり周囲にいた魔物を吹き飛ばした。
いける。
「きやー!」「イヤーッ!」と恐怖に慄く魔物達の中を縦横無尽に飛び回り、エアは続ける。
「ルル!こっちよ!私はここよ!」
戦いが始まる前にこの光景が予想できた者はいないだろう。
罠の起動係を止めようと慌てるピンクスライムそっちのけで、恍惚としたルルは矢を射続けていた。
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