第24話 ユートの冒険




風の精霊エアリアルが仲魔になった。


目にも止まらぬ速さで行動し、矢などの遠隔攻撃を無効化する風の加護を持つ彼女には、手も足も出ない程苦しめられた。

だが、仲魔となった今は心強い味方だ。


周囲に敵がいない事を確認したところで、簡単な自己紹介を済ませる。



「それで、あなたたちの事は何て呼べばいいのかしら?」


「私は見習いエルフのルル。ルルと呼んでくれ。

このパーティの中核を成す存在だ。

それでこの二人は…」



ニンゲンとは偶然居合わせたって言ってなかった?と言うエアリアルの冷ややかな目にたじろぐルル。

その一方で、冒険者とスライムは顔を見合わせていた。


このパーティでは特にお互いを名前で呼ぶ事なく、なんとなく過ごしてきていた。

一部ルルのように名乗りを上げた者もいるが、基本的にはニンゲンや冒険者、スライム呼びで不便を感じていなかったためだ。


『はじまりの村』で村長のタルテから名を尋ねられもしたが…

記憶を失っていた事もあり、思い出したら教えてね、で済んでしまっていたのである。

複数のニンゲンが滞在するのであれば個人を指定する呼び方が必要であろうが、今現在結界に捕らわれた道中を進むニンゲンは冒険者のみなのだ。



名前か……。



よくよく考えると、スライム対スライムとなった場合、味方敵方どちらもスライム呼びでは混乱するだろうし、指示も精細を欠くだろう。

ルルに倣って仮りの名というか呼び名を付けるべきかもしれない。



「私達魔族はマナで相手を判別できるから、魔王とかこだわりのある魔物ぐらいしか名前は必要無いんだけど…

でも、ニンゲンは名前で区別するんでしょう?

なら、あなたが名前を付けるべきだわ。

あなた自身も含めて」



エアリアルの言葉はごもっともだ。

しかし名前を決めて!と言われてもすぐに出てくるものでもない。

どうしようかと顎に手を当て考える。



「…………ユート!

そしてエアリアルさん、キミはエア!」



ぷるるっ、と体を震わせスライムが言葉を続けた。



「昔読んだおとぎばなしの人たちなんだけど

……どう、かな?」



スライムが小さな頃に読んだ本。

幼児向けに作られた絵本で、魔物と心を通わせ世界を旅したニンゲンの青年と、彼を導いた妖精の物語らしい。

その登場人物の名を、冒険者とエアリアルにあててはどうか、と言う。

もっとも、エアリアルは精霊であって妖精ではないのだが。



「エア……ね。うん、悪くない呼び名だわ。

ニンゲン、あなたはユート。

ユートか………うん」



突然の提案であったが、特に問題無いようだ。



「じゃあ、エアとユートで決まりっ!

よろしくね!

それで……」



もじもじと震えるスライムも呼び名が欲しいのだろう。

当然だ。皆が名前で呼び合う中、自分にそれが無いのは心細くもなろう。


ふと、こういう時ビシッと決めるのが男らしさってもんだぜ!という同僚の言葉が蘇る。


同僚?

これは……記憶の一部だろうか。

しかし自身の体験か、見聞きしたものかまでは思い至らない。

……記憶を探るのはよそう。

今はスライムの呼び名だ。



「らい…ライム」



食べ物か人名か、思い入れのあるものの名前かは分からない。

ただ、するするとその名前が言葉となった。


ぽつりと呟かれたその名前。

彼女は、スライムはどう思うだろうか。


恐る恐るスライムに目を落とすと、道中では見たことのない満面の笑みを咲かせていた。



「わあぁぁステキな名前!ボクその名前がいい!

ライム!ライム!えへへへー!」



ぷるぷる!ぷるぷる!と躍動し喜びを全身に表すスライムのライム。

良かった。気に入ってくれたようだ。



「よし!ユート、ライム、エア!そして私ルル!新たなチームとしてよろしく頼むぞ!」


「音頭を取るのはいいけど、次『アレ』使ったら承知しないわよ」



『爆発の矢』の一件をしっかりと覚えられていたルルは、小さくなりユートの影に引っ込むのであった。



*****



ニンゲンの冒険者、ユートを先頭に一行は塔の上層部へ差し掛かる。


部屋と部屋を繋ぐ通路には石造りの上に絨毯が敷かれ、下層よりも落ち着いた雰囲気が感じ取れた。


しかし塔の規模の割に魔物の数が少ない。


何度か魔物と出くわしはしたが、派手なピンク色の羽毛を持つ鳥の魔族ハーピィの一族である『モーショボー』や、アラクネ戦でお供として飛び跳ねていた兎の魔族『ワーラビット』が散発的に戦いを挑んでくる程度である。


クセのある魔物達であったが、エアを加え多対一となったユート達の苦戦する相手ではなかった。



「私と彼女達との戦闘は心配しなくてもいいわ。誰が誰の手助けをしようと個人の勝手なんだから。

それよりも…」


今は夕飯時で見回りの数が少ないのではないか、とエアは言う。

塔に詰めるスタッフの数はもっと多いはず。囲まれないようにしなければ、と。



「そっか!

なら、ご飯が済む前に駆け抜ければいいね!」



と、ライムはニコニコ顔だ。呼び名がよほど気に入ったらしい。


しかし残念ながら、不測の事態とは起こるもの。

粗方探索を終え、上層へと続く階段があるだろうとアタリをつけた部屋へと踏み込んだ時だった。



「夕飯会場を駆け抜ける方法はあるのか?」



踏み入れた部屋の一室。

そこは塔のスタッフが和気藹々と宴会を繰り広げる、魔物の溜まり場となっていた。

その数20あまり。

その視線が、ユート達へと一斉に注がれる。



「ニンゲン達が来たぞ!寝ているやつは起きろ!」



リーダー格の魔物が腕組み声を張り上げる。


赤い鱗に刃物を思わせる鋭い爪、足の太さほどもある強靭な尻尾。

ニンゲン達から『ドラゴン』と呼ばれ恐れられる魔物が、ニィッと笑い待ち構えていた。



多勢に無勢。

数の暴力。

冒険者達に疎まれる魔物の坩堝。

そう、この場所が



『モンスターハウスだ!』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る