第23話 ニンゲンなんて
耳鳴りが酷い。
エアリアルに吹き飛ばされ、椅子やテーブルといった家具の山に埋もれていた冒険者。
スライムに絡みつかれながらもやっとの思いで這い出てきた矢先、突然の閃光と共にまたも吹き飛ばされていた。
けほけほ、と咳込む声が背後から聞こえる。
スライムは無事か。
とにかく現状を把握しなくては。
相次ぐ衝撃により擦り切れた体力のまま、ヨタヨタと立ち上がり辺りを窺う。
しかし爆煙が濃く残り判別は難しい。
目を凝らすも、立っている者は冒険者を除き誰一人としていなかった。
いや……視界の隅で風が動いている。
おそらくエアリアルを守護する風であろう。
ゆっくりと爆煙を散らしていく。
その中心…守護の主であるエアリアルは倒れ、苦々しく唇を噛み天を仰いでいた。
「や……たぞ………」
辺りを窺う冒険者と目が合うと、壁を背に座り込んだルルが弱々しく手を挙げた。
勝ったのか。
文字通り手も足も出ず風に弄ばれた強敵相手に奮闘し、この状況を作り上げたのか。
先程の爆発はルルによるものだろう。
エアリアルは……マナの奔流と共に消えていないところを見るに、体力はまだあるのだろう。
しかし無抵抗の相手に、剣を振り下ろす行為はしたくなかった。
冒険者は魔物を退治しに来たのではない。
戦わずに済むのであればそれが最善なのだ。
言葉で理解し合い仲魔となってくれたスライムやルル、魔族の歴史を語ってくれたサキュバスのように。
今回は問答の間もなく戦闘となったが…
それでも避けられる戦闘は避け、エアリアルが力を取り戻す前に先へ進んだ方が良いだろう。
ひとまず仲魔達の回復を…とポーチを探っていると、ガリガリと耳障りな音がフロアに響く。
先程の爆発の影響か、広間の中ほどを支える石柱のひとつが崩壊を始めていた。
大木とも形容できるそれはゆっくりと…音と共に崩れ倒れ込んでいく。
「あっ、お、お前!避けろっ!」
ルルが叫ぶその声の先。
そこには仰向けになり、動けないままのエアリアルの姿があった。
『魔物はやられても帰還できるように、魔力を担保にした帰還の術式を組んであるのさ』
とは、以前霧に侵された魔物を撃退した際、ルルが説明してくれたものだ。
分かっている。分かってはいるが。
あの石柱の質量の下敷きになり、もし彼女の帰還が叶わなければ。
瞬間、冒険者は駆け出し……
満身創痍の身に冒険の失敗を受け入れた。
そして唱える。
自身を巻き込む、大爆発の豪剣の名を。
『爆炎剣』
柔らかな風が頬を撫でる。
少し湿っぽい。
気怠さは感じるが痛みは無い。
体力が尽き、村に帰還させられたのであろう。
この感覚は覚えがある。
この冒険を始めて間もない頃。
金槌を振り回すゴブリンに叩きのめされ冒険失敗となり、村長が待つ『はじまりの村』に帰還させられた事があった。
あの時は硬い地面に転がされ、心配そうに覗くタルテの顔があったな……と、思い返す。
スライムやルルは無事だろうか。一緒に帰還できているのか。
重い瞼をなんとか押し上げると、視界に入るのはスライムと『癒しの祈り』を懸命に掛け続けるルルの姿。
そして、目を真っ赤に腫らしたエアリアルの顔があった。
*****
一時間後
家具が散乱し石柱が崩壊した塔の中層。
冒険者は正座させられ、説教攻撃に晒されている。
途中、ガヤガヤと塔の住人であろう魔物達が帰宅して来る姿が見えたが、エアリアルの剣幕に声をかけられず他のフロアに引っ込んでしまっていた。
「帰還の術は万能じゃないの!
潰されてからでは遅いよの!
ニンゲンは私達よりも弱いんだから、柱に潰されたらどうなるか…そんなのも分からないの?!」
轟轟と風を全身に浴びせられる。
魔族が編み込んでいる帰還の術式も、冒険者を村に送り返す帰還の魔法も「これ以上は生命に関わる一歩手前」よりも前に、術者を保護すべく機能するものだ。
しかし重大な事故や激しい戦闘により、セーフティが働かない可能性はゼロではない。
身体の欠損や死という事象を無視する万能魔法などではないのだ。
「ま、まぁ。結局は二人とも無事なのだからその辺で…足も痺れてきたし」
「元はと言えば見習い!あなたが爆発を起こさなければこんな事には!
……見習いって『爆発の矢』なんて扱えたっけ?」
一緒に正座させられ足が麻痺してしまったルルが助け舟を出すも、禁忌である『爆発の矢』の話題になると沈黙する。
「ニンゲンはエアリアルさんと仲良くしたかったから助けたんだよー。
ボクの時だって、戦わずにお話しを聞いてくれたんだもん」
「わっ、私と仲良く……?ニンゲンなのに私を守る……?」
ぷるぷると無邪気なスライムの言葉に勢いを削がれるエアリアル。
何を思ったのか「先輩から聞いていた話と違う」と呟くと俯いたまま考え込んでしまった。
しばしの沈黙が流れる。
「そ、そういうわけなのでな。この戦いは私の勝ちという事で!
ま、また会おう!」
禁忌の話題を思い出されると敵わん!
とばかりに、痺れる足をさするルルに促され上層への道を辿る。
振り返りエアリアルへ目をやるも、風は弱々しく…俯いたまま微動だにしていなかった。
「お話ししなくてもいいの?」と縋るスライムだが、長居は無用だ。
塔の住人が帰ってきた以上、またいつ襲われるか分からない。
再度エアリアルが立ちはだかる可能性はあるが、今は先に進まなければ。
「待ちなさい!」
吹き抜ける風を感じ顔を上げると、上層へと続く階段の前に彼女はいた。
身構えるスライムと矢をつがえるルル。
だが冒険者は…。
誰も大怪我をせずに済んだのだ。
もう、彼女へ剣を向けたくはない……。
真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる冒険者。
ふぅ、と短い息を吐くと、エアリアルもまた冒険者と目を合わせ口を開く。
「私は……私はニンゲンを見極めたい。
だからその…
な、仲魔になってあげてもいいわ!」
へ?と気の抜けたルルの言葉と共に、矢が臀部に吸い込まれていく。
突然の申し出を受けて言葉に詰まる。
ただ一言、お尻の痛みさえ忘れ笑みを溢しながら呟いた。
よろしく、と。
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