第15話 兎と蜘蛛3
ゆっくりと高く持ち上げられ、同じように振り下ろされるアラクネの両脚。
冒険者の意識を刈り取るには十分な鎌。
あれを身に受ける事は、そのまま冒険の失敗を意味する。
蜘蛛の糸に捕らわれ身動きの取れない冒険者だったが、冷静に半身を捻り込むと、冷ややかな笑みを作っていたアラクネの口元が緩む。
彼が取った行動は…糸と地面の接着面を見て、糸の本数の少ない所から引き剥がすという、結局は力技であった。
だが、考え無しに引き剥がそうとしても力は分散されそれは叶わず……むしろ、より糸に絡まるだけの結果に終わるだろう。
上下左右へと的確に力を込め、接着点の弱い箇所から糸を引きちぎる必要があった。
これはワーキャットのココに襲われ馬乗りになられた際に、脱出するための方策として学んだものだ。
悠長に糸を解していたのではアラクネの攻撃を避けられない。冒険者は踊るように糸を断ち切ると、すぐさま後方に飛び退く。
直後、待っていたかのようにアラクネの脚が振り下ろされ、地に穴を穿った。
「頑張ったわねぇ。流れるような体移動だったわ。
これに懲りたら、糸に当たらないように常に相手を見る事ね」
拘束を抜けられ、攻撃を躱されたにも関わらずアラクネは嬉しそうだ。
しかし依然として状況は悪い。
冒険者の体力は初手で大きく削り取られており、道具を使用するにも悠長にポーチをまさぐっていればまた糸が飛んでくるだろう。
かといってこのまま殴り合うにも分が悪い。
アラクネの挙動に注意を払いつつ思考を巡らせると、彼女から大きく距離をとり、集合!と声を上げた。
「気付くのが遅れたけど、正解ね」
冒険者と同じく一対一の戦闘中であったスライムとルルが、『鈍足』の魔法により動きが鈍くなっていたワーラビットを振り切って駆け付けてくれた。
「肉弾戦はボクが!」
スライムであれば蜘蛛の糸もすり抜けられる。
「わ、私は回復だけで良いのだな。矢も撃てるぞ!」
撃たなくてよい。回復に専念してもらう。
「「サポートは任せたよ」」
スライムを前衛に、その後ろ両翼を冒険者とルルが控える。
「正解よ。
せっかく素敵な仲魔達がいるんだもの、皆で協力すべきよねぇ」
嬉しそうに目を細めスライムに攻撃を仕掛けるが、余裕を持って攻撃を避け、反撃の頭突きを受けている。
「そんなゆっくりな……『鈍足』になってる攻撃なんて当たらないよーだ!」
アラクネには『鈍足』が効かなかったはずでは…その言葉に違和感を感じながらも、自分に与えられた役目を全うすべく、冒険者はポーチを開く。
『倍速の魔導書』
敵方ではなく味方のスピードを上昇させる魔法だ。
鈍足との併用によりさらにスピード差が生まれる。
『火炎の魔法書』
正面に火炎球を放ち、大きなダメージを与える。
横槍を入れてくるワーラビット達をこれで撃退していく。
『強化の杖』
矢面に立っているスライムの身体を強化し、より強い一撃、より強靭な体とするための魔法を放つ。
立て続けにアイテムを使用し、傾きかけた状況を引き寄せる。
これら魔法の力はアイテムの消費による使い捨ての効果だが、出し惜しみをして勝てる相手では無い。
その行動に迷いは無かった。
一度は冒険者を追い詰め、スライムの攻撃も歯牙にも掛けないでいたアラクネだったが…三人の連携によりワーラビットが膝を着き、力を増したスライムの打撃が脅威となると、先程までとは一転して押し返され、歩みを戻し始めた。
流れは完全にこちら側にある。
しかし、回復を担うルルは息を切らしている。
冒険者も手持ちのアイテムをほぼ使い切ってしまった。
対して、アラクネは上気した顔ではあるが、精細な動きに狂いはない。
疲労の色が見えるスライムが押し負ければ、勝利を掴む事はできなくなるだろう。
手遅れになる前に。
アラクネが後退のため脚を持ち上げた隙を突き、冒険者がスライムの陰から飛び出す。
狙うは腹部、空中で捻りを加えた剣先を振り下ろす。
だが、その刃が届く事はなかった。
「正解ね。スライムちゃんが倒れる前にアナタは出てくる、いい判断よ」
手首を掴まれ、宙に吊るされる冒険者。
「そして、私の負け」
冒険者をプラプラさせたまま軽くポーズをとり、アラクネは微笑んだ。
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