第14話 兎と蜘蛛2




冒険者とその仲魔達が、アラクネが陣を構える洞窟の広間に辿り着いた。


この広間に足を踏み入れる前にいそいそとティーセットを片付けていたアラクネとワーラビット達は、整然とした状態で三人を迎え入れる。

その顔には、先刻の女子会の和やかさは無い。



「初めましてニンゲン。私はアラクネ。

ここを通りたくばこの私を倒し…ひやぁっ」



ビィィン!と弦の振れる音が洞窟に残響する。アラクネの脚を掠める木の矢。


見習いエルフのルルによる先制攻撃が炸裂していた。



「ちょっとルル!

今あの人お話ししてたじゃん!」



スライムが声を上げるが、ルルは私何かやっちゃいました?と言わんばかりの顔だ。



「あーっビックリした!…そうね、今は敵だもの。お話は終わってからにしましょ。

さぁ、戦うわよ!」



ドキドキと鼓動を早めた胸をさすり一息つくと、両脇にワーラビットを引き連れ距離を詰めるアラクネ。

戦闘が始まる。



広間に足を踏み入れた際、待ち受ける魔物を目にし、戦うことになるだろう予感を持っていた冒険者達。

だが、ルルによる思いもよらぬ戦闘スタートのタイミングに、隊形はバラバラである。


誤射女子と並ぶのは危ない、ということはルルを仲魔に迎え入れ、ここまでの短い道中で身に染みて分かっている。


左右に散開するよう合図を送ると、各々が一対一となるよう標的を定めた。

冒険者の相手はアラクネだ。


真っ先に戦闘が始まったのは、ルルとワーラビットのペアだ。


アラクネ相手には先制攻撃を決めたルルだが、兎の魔族らしく左右に飛び跳ねるワーラビットに悉く射撃が躱される。

それどころか、身を低く飛び込まれ相手が手にした槍の間合いに入り込まれていた。

矢を引き絞る事も出来ず、槍に貫かれないよう身を運ぶ事で一杯になっていた。


このままではマズイ。

ほど無く間合いに入るアラクネを一瞥し、ポーチの中から魔法が込められた書物を取り出すと、冒険者は一息に詠唱し魔法を発現させた。


彼の選択した魔法は『鈍足』の魔導書。


その名の通り対象の時の流れを歪め、反応速度を遅らせることができるものだ。

相手の三人からは、こちらが倍の速度で動いているように見えるはずだ。


機転を効かせた冒険者により、明らかに動きが鈍くなるワーラビット達。

これであればルルも間合いを維持しながら矢を射掛ける事ができるだろうし、反対側を抑えるスライムにも余裕が生まれるだろう。

勿論アラクネと対する自分にも。



「ボスを前によそ見するなんて、余裕なのねえ」



その声が耳に届くやいなや、冒険者の体が弾き飛ばされた。


鈍足の魔法により接触までの時間が伸び、次のターンあたりで攻撃が届く距離になるはずのアラクネによる一撃。


ルルを心配するあまり接近に気付かず、左手に持つ盾での防御が間に合わなかった。



「ごめんなさいねぇ、私『鈍足』の影響を受けないように訓練しているの。

ちゃんと相手に効果が出てるか確認するまで、安心しちゃダメよ?」



一撃で体力のほとんどを奪われ、クラクラする頭で冒険者はアドバイスを受ける事となった。


もう一度あの攻撃を受ければ倒れる事になるだろうが、幸いにもその攻撃によって吹き飛ばされ間合いが保たれている。

この距離なら追い討ちをかけられる事は無いだろう。


平衡を取り戻した頭でまず浮かんだのは、失った体力を回復する必要がある事。


道中の回復はルルの『癒しの祈り』に頼ることが出来たが、同じく戦闘中である彼女に足を止めさせ回復を行使する事は難しいだろう。


そうなると自分自身で問題を解決しなくてはならない。


冒険者はポーチをまさぐり、体力回復の効果を秘めたアイテムを取り出す。それを口に含もうと腕を上げようとした時……体の自由が効かない事に気付く。



「ようやく気付いた?

だから言ったじゃない、ボスを前によそ見しちゃダメだって」



獲物を見定めるような目で見下ろしながら、ゆっくりとアラクネが近づいて来る。



「距離があるからって安心してもダメよ。

今みたいに遠くからでも攻撃できる魔族もいるんだからね」



冒険者は地面に縫い付けられ、迫るアラクネを前にして剣を構える事もできない。

アラクネによって吹きかけられた蜘蛛の糸が、その身を覆っているためだ。


粘着質だが細いその糸は、武器があれば容易に切断できるであろう。

だが武器を握るその腕も封じられている。

手が使えない以上、アイテムの使用や武器に秘められた『爆炎剣』の行使も難しいだろう。


ここは力技で抜ける他無い。



「ほーら、考えてばかりじゃなくて行動しなきゃダメよ?

この攻撃が当たったら、アナタはゲームオーバーになるんだから」



落胆の色が滲む声とともに、スラリと鎌のように伸びる前脚…その両方の鎌が、冒険者を刈り取るべく振り上げられようとしていた。


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