第13話 兎と蜘蛛




ここに来てから紅茶を淹れるのは何度目だろうか。


冒険者達の目指す帰還の塔への七合目にあたる洞窟で、メルトのお姉ちゃん的存在──蜘蛛の魔族『アラクネ』は冷え切った体を温めるためにティーパーティーに勤しんでいた。


冒険者達がそろそろやって来るぞという情報により、彼らを待ち受ける中ボスとして出撃してきたのだが……待てど暮らせど一向に冒険者達が訪れる気配が無い。


魔族とニンゲンとの在り方に悩むメルトを元気付けるため、勇み足で陣を構えに来たのだが、来るのが早過ぎたかしら、と紅茶で膨れる腹部をさすりながらため息をついていた。


彼女の目算では、グレイス湿原を抜け、遺跡を通り、山脈を越えてご到着…まで数時間もあれば、というところだったが。

見積もりを違え、寒風が通り抜けるこの洞窟にて寒さに震える事となった。



「ここで少しだけお仕事して村に帰るつもりだったから、軽装で来たのが仇になったわね…」



肩を抱き熱を逃すまいとするアラクネ。

元は白く美しい肌を持つ彼女だが、冷気に当てられ顔面蒼白である。



「姐さん、体動かした方が温まりますよ。

一緒にどうですか!」



爽やかな笑顔を振り撒き手を振るのは、兎の魔族『ワーラビット』の二人。

彼女らはアラクネのお供として同行してくれたのだが、待つ事に飽きたのか槍による模擬試合をしていた。

息をあげる二人を見ると、確かに寒さとは無縁のようだ。



「私は体力が無くなっちゃうからここで見てるわぁ。

それよりも、一杯付き合ってよ。

淹れたのはいいけど飲みきれなくって…」



けぷ…とお腹をさするアラクネの言葉を聞き、飛んだり跳ねたりの運動会によって喉が渇いていたワーラビットの二人は駆け出し席に着く。



「お茶菓子もあるわよぉ。

これから下山するんだから、なるべく荷物減らさないとね」


「それなんですけど、私らはこれが終わったら塔に戻るんですよね?

姐さんは戻らないんですか?」



頬袋にクッキーを押しやりながらワーラビットの一人が尋ねる。



「そうね…最後まで見届けてあげたいけど、あの子が戻れる場所を整えておかなくちゃ。

魔王様だけじゃ大変でしょうし、ね」



寂しそうなワーラビットの二人を見て、それに、と付け加える。



「きっとニンゲンがお友達をたくさん作って、また村が活気付くわ。皆の住む所も作らなくっちゃ。

私の糸が大活躍するんだから!

全部終わったら、アナタ達も手伝いに来てよね?」



もちろんです!と両手を突き上げる二人。



「そのためには、ニンゲンにもっと強くなってもらって……あの子を止めてもらわないとね」



いつもはおどけて話すアラクネの言葉から温度が消える。



「あの子を止められる強さがあるか、見極めさせてもらうわよ、ニンゲン」



ティーカップを置き、小さく呟かれた。


吹き抜ける風にマントをはためかせた冒険者とその仲魔達が、今まさにアラクネが控える洞窟へと辿り着いたところであった。



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