第12話 罪と爆




冒険者が臀部から生えた木の矢をポイッと投げ捨てる。


これが戦いの合図となった。


興奮気味に距離を詰める、魔族の狐が霧を撒き散らす。


いくよ!と、冒険者の隣で向かいうつ態勢のスライムが頼もしい。


このターン、冒険者がすべき事は…



「私の射線に立たないでぇー!」



喚きながらも、矢を射る手を止めない見習いエルフのルルから避難する事だ。

このままではお尻の穴が増えてしまう。


チクチクとした痛みを思い出しながら左へと体を預けると、つい先程まで冒険者が居た所をビュッと、風を切る音を残した矢が狐の魔物に命中した。


ぴゃっ!と短い悲鳴をあげ膝に矢を受けバランスを崩した狐に、冒険者とスライムが同時に飛び掛かった。


冒険者が足を押さえ、スライムがのしかかり、ルルが冒険者のお尻に矢を放つ。

流れるような見事な連携だ。


ブンブンと轟音をたてる狐の尻尾に、取り押さえ組の頬が殴打されながらも…三人は確実に狐の体力を削っていく。



「「こやーん…」」



数分の後。

身動きを封じられ、辛うじて尻尾による反撃を試みていた狐が悲しく声をあげると、その姿は魔力の奔流と共にかき消えていった。


戦いは終わったのだ。


ボコボコにされ、保持する魔力を失った魔族は住処へと帰宅する。

ニンゲンと比べ個体数の少ない魔族は、その数をいたずらに減らさないよう、予め魔力の一部を帰還の術式として編み込んでいる。


自由に扱える魔力が減るため戦闘力低下は免れないが、再起不能になるよりかはマシ、と魔族安全衛生管理委員会から実装を義務付けられているのだ。


もっとも……魔族とニンゲンとの本気の争いでは、帰還の魔力を担保せずに力を求める者が現れるため犠牲が出ないとも限らない。

その点この狐の魔物は、安全管理を徹底していたようである。


暫くは魔力欠乏による節々の痛みは出るだろうが、療養すれば元気に走り回る姿が見られるだろう。



「手を汚さずに済んだ、か」



ふっ、と静かに目を閉じ笑うルル。



(誤射して経歴は汚れたけど)



ジト目でため息をつくスライムの傍ら、共に狐の魔物を撃退した相棒は、木の矢によってハリネズミのような様相を呈していた。




*****




「大変申し訳なかった。

だが、射手の前に立つ者にも非はあるのだぞ」



スライムと手分けしながら矢を引っこ抜くルル。

気にしないで、と乾いた笑いをつくる冒険者だが、目は虚ろである。



「ボク思うんだけど、ルルは一人の方が活躍できるんじゃないかな?

目的は同じだから、ここは別行動してもらった方が…」



正論である。


冒険者はパーティが組めない、と泣き出しそうなルルに気を遣ってか、スライムを嗜めているが、毎回ハリネズミになるのでは体が保たないのは明白だ。


現に狐の尻尾攻撃とルルの援護射撃によって、体力を回復するアイテムを使い切ってしまっていた。



「んなっ!そこをなんとか!

私は弓の才能はあるが、近付かれるとこの力を発揮するのは難しいのだ。

お前達のような優秀な前衛が必要なのだ!」



発揮しない方が良いのでは…と冒険者とスライムは苦い顔だ。

色良い返事が期待できない顔に、ルルは仕方ない…と、意を決したように声を上げた。



「これは…本当は使ってはいけない力なのだが…お前達と私の目的のために活用したい。

どうか考えてみてくれないか」



両手を合わせ祈るような動作をするルル。

すると、ルルを中心に緑色の光が明滅し始め、その光が冒険者へと移っていく。



『癒しの祈り』



優しい囁きと共に冒険者を包んでいた光が止むと、彼の傷が癒えていた。



「これは見習いより上のエルフにならないと使用許可が降りないものなのだが…傷を癒せる力、使えると思わないか?」



すっごーい!と手のひらを返し褒め称えるスライム。

冒険者も誤射のリスクと癒しの力のリターンを秤にかけ、これはいけるのではないかと顔色が明るくなった。



「射線には気を付ければいいことだし、これならボクもケガの心配をせずに戦えるよ!

回復はお願いね、ルル!」



「あ、ああ…気軽に使えるものでは無いが、ま、任せてくれ」



そう答えたルルの目は物凄い速さで泳いでいた。



本来「見習い」のエルフには許可されていない『癒しの祈り』の使用は違法である。

同族に見つかったら、減点やら罰金、保護者呼び出しの上書面にて厳重注意されるレベルの重罪なのだ。

無免許運転も甚だしい。


任務遂行のためとはいえ、エルフの里の条例を破った彼女は脂汗を滲ませ願う。

これ以上使う時が来ませんように…同族に見つかりませんように…。



「ねえねえ、さっきの狐さん、何か落としていったみたいだよ」



そんな事情がある事など露知らず、狐にのしかかっていたスライムは、先程まで狐が居た場所に一振りの武器を見つけたようだ。


そこに残されていたものは、時折魔力が滲み出ているらしく、蜃気楼のように刃先をゆらめかせる鋼鉄の剣。


冒険の道中に武器はいくつも見かけたが……それらとは明らかに違う、異質な魔力の籠った武器である事が見ただけでも分かった。


それは霧に侵された魔物の影響を受けた、魔力を操り特別な力を行使できる武器であった。



「称号装備というものだな。

霧に侵された魔物により変質したものとも、それのせいで魔物が霧に侵されるとも言われている。

現物は私も初めて見たが、ニンゲンなら悪い影響無しに扱えるかもしれない。

どうだ?試しに武器に秘められた力を使ってみては」



禁忌の力の話題から逸れた事に安堵しつつ促すルルに、冒険を支えてくれた武器を収納し、今回の戦利品を手に取る冒険者。


握った瞬間、剣が鼓動し、周囲から魔力をかき集めているのが感じ取れた。


そうして魔力が充填され、剣先から魔力が迸ると同時に、冒険者の脳裏にある言葉が浮かび上がった。



『爆炎剣』



念じ、剣を振りかざす。


剣から魔力が解放され、同時に眼前に広がる爆発。


その衝撃は三人を瞬く間に包み込み……轟音が止んだ時、地面にはぽっかりと穴が開いていた。



「けほ……ルル…癒しの祈り、またお願い…」



その後七度の違反を犯し、熟練の見習いエルフ、ルルがパーティに加えられた。



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