第16話 白の世界
「腑に落ちないって顔をしているわねぇ」
塔へと至る洞窟の中で繰り広げられた、アラクネ、ワーラビット達と冒険者一行の戦い。
終始余裕のあったアラクネを打ち負かすために放った冒険者の一撃が防がれ、無防備な彼が晒されたのは……鋭い脚による攻撃でも、蜘蛛糸による拘束でも無く、アラクネの敗北宣言であった。
今はお互いに拳を収め、お疲れさま会としてアラクネが用意したティーパーティーに参加させられている。
「だってあんなの、何も勝った要素無いもん!」
ハチミツ入りの紅茶をいただくスライムは不満を浮かべつつも、もっとハチミツ入れていい?と隣に座るワーラビットに伺いを立てている。
「私も納得がいかない。
あのまま戦っても私達が勝利したと思うが、なぜあのタイミングなのだ」
いや負けてたよ…とルルを横目に見ながらも、冒険者も疑問に思う。
無防備な体勢で宙吊りにされ、アラクネの攻撃を防ぐことなど到底叶わない状況であったのに。
「実はねぇ、私も疲れててピンチだったのよぉ。これから行く所もあるし、アナタ達の力も見れたからね」
行く所?実力を測っていた?だからスライムに対して効いていないはずの『鈍足』を演じていたのだろうか。
疑問は湧いて出るが、ゆらりゆらりと話すアラクネにこれ以上訊いても答えてはくれないだろう。
「そんな事よりもほーら、お菓子食べきっちゃってね?
なるべく荷物を減らしたいのよ」
*****
アラクネ達にご馳走になったお礼を言い、戦場となった洞窟を後にする冒険者達。
「頑張ってね、次はもっと温かいところでお話ししましょ」
塔とは別方面に別れた彼女達の言葉が引っ掛かるが、とりあえず難所は越えたのだ。
洞窟を抜ければ塔は目前、この旅の終わりも近い。
手土産に持たされたお菓子の残りをつまみつつ出口を目指す。
茶会で体力も満たされ、万全の状態だ。
道なりに進むと、ほどなく馬車が通れる程の横穴が見えてきた。
光が漏れている、ここが出口で間違い無いだろう。
「ーーっ!」
出口を抜けると、そこは白い世界。
洞窟の暗闇に慣れきっていた三人は、差し込む光に目を覆う。
光に目が慣れ見上げると、村で目にした時よりも近く、はっきりとした像を露わにした帰還の塔が目に飛び込んできた。
「これが、帰還の塔…」
スライムかルルか、どちらともなく呟く。
規格外の大きさのせいで遠近感が狂ってしまうが、その距離は遠い。
ここからはまだ歩かなければならないようだ。
今までの道中に比べればなんて事のない距離ではあるが、目下の問題は別にあった。
「す、す、すまないが何か羽織るものはな、ないだろうか」
寒すぎる。
弓の扱いの妨げにならないよう、ノースリーブに裾の短いパンツという装いのルルに、洞窟を抜けた先に広がっていたここ、ミース雪原の気候は寒過ぎた。
ちらつく雪に冒険者も腕を合わせるが、生憎と防寒具の類いの備えは無かった。
寒さに震えず平気なのはスライムだけである。
「ボクは我慢できる寒さだけど、なんか体が固くなってきた気がする…」
スライムの半身がぷるぷるとした弾力を失っているように見えた。
いや、見えるのではなく、背中の方からパキパキと音を立てて瞬く間にスライムは氷に包まれてしまったではないか。
突然の事にぎょっと目を見開く冒険者とルル。
寒いには寒いが、そんな瞬間冷凍される寒さではないぞ、と。
慌てふためく二人を前に、氷の彫像と化したスライムからフサフサの尻尾が覗いた。
「おっ、やっと気づいてくれたか!俺はウルフ族のフェンリル!
なぁニンゲン、凍らせて遊んでいいか!?」
しんとした雪原に場違いな元気な声。
犬とも狼とも見て取れる魔族の『フェンリル』が、遊び相手を見つけたようにブンブンと尻尾を振っていた。
「俺達の氷の息は凄いんだぜ!
アンタ達も凍らせてやるよ!」
オォン!と短く声を上げるフェンリルに、戦う選択肢が浮かぶ冒険者達。
だが、その考えはすぐに取り下げられる事になった。
「なんだなんだ」
「おっ、ニンゲンじゃん」
「力比べしようぜ」
目の前のフェンリルの声を聞きつけたのか、ワラワラと何人ものフェンリル達が集まってくるではないか。
その数八人。
困り顔で凍りついているスライムを庇いながら相手にできる数ではない。
肉と肉のぶつかり合いを所望するフェンリル達は、一様に口元から冷気を漂わせている。
スライムのように凍りつかせられたら終わりだろう。
冒険者とルルは犬軍団を見、そしてお互い顔を見合わせ頷くと、スライムを担いで脱兎の如く走り出した。
「おっ、競争か?待てよー!」
雪を巻き上げなら始まる追いかけっこ。
楽しそうなフェンリル達に対し、二人は必死の形相である。
肩に触れるスライム氷の冷たさなど気にする余裕も無い程に。
*****
どれだけの間走っただろうか。
娯楽の一つのように追いかけっこを楽しんでいたフェンリル達だったが、次第に飽きたのか、追いかける数が一人減り二人減り、最後のフェンリルが手を振り去っていくのを見て、ようやく足を止めることができた。
「ふひゅー、ゲホゲホ!
………どうやら逃げ切れたようだ」
息も絶え絶えに言葉を吐くルル。
冒険者も大の字になって雪原に倒れ込んでいた。
かなりの時間が経っていたのであろう、すっかり陽の傾いた天を仰ぎながら考える。
今後の行動を決めなくては。
スライムは依然として氷の中にある。
暖を取ろうにも火元が無いし、雪風を凌げる場所も探さなくてはならない。
洞窟に戻ろうにも、犬軍団との追いかけっこで道筋も分からない。
寒さでぼんやりする頭でぐるぐる思考を巡らせるも、これは詰んでしまったという結論しか出てこなかった。
「ひゃあうっ!!」
ルルが突然悲鳴をあげた。
寒さでおかしくなったのかと冒険者が振り向くと、そこにはルルの肩に手を置き、困惑した表情の魔族が佇んでいた。
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