第10話 霧の魔物と金の魔物




メルト謹製四天王の一人、アラクネ出撃の少し前まで話は遡る。


帰還の塔を目指す冒険者達は、道中のグレイス湿原に文字通り舞い戻っていた。


助けてくれたお礼がしたい、と申し出たハーピィのピューレによって、彼女に強制帰還させられた地点へと空輸してもらえたのだ。


面倒なダンジョンを一から攻略せずに済む、と喜ぶべきだが、ニンゲンの冒険者のレベルは1。

村で一夜明かした際に、例の『力の宝珠』によってレベルを吸われてしまうためだ。

メルトが言っていた通り、結界内に居る限りは、意識を手放すとチカラが奪われてしまうようである。


そのため、村からピューレに運ばれた冒険者は道中のレベル上げが出来ていない。

このまま無策に突き進むんでは魔族に一撃でノックアウトされてしまうだろう。


強力な装備を纏うのであればこの限りではないが、ここは素直に仲魔の助けを請うべきだ。



「まっかせて!

強くなるまではボクが守るから!」



ぷるぷるっと体を震わすスライムが先頭に立ち、ボディーガードを買って出てくれた。


力の宝珠によるレベルドレインはニンゲン限定仕様なのか、仲魔となった彼女のレベルに変わりは無い。


彼女の気が変わり押し倒されでもすれば成す術なくぶち転がされるだろうが、前回の冒険も乗り越え、共に食卓を囲んだ仲だ。

その心配は無いだろう。


小さなスライムに守ってもらうニンゲンという絵面は情けないが、経験を積みただのスライムとはかけ離れた頭突力を身に付けた彼女は、道中の障害を揚々と突き飛ばしていった。




*****




鼻唄まじりにスライムが敵を蹴散らし、冒険者もようやく肩を並べて進めるようになった頃。


隣を歩く冒険者がふいに足を止めた。



「嫌な予感がする?」



額にじっとりと汗を浮かべる冒険者に言われ、周囲に気を配らせてみるスライム。


その瞬間、震えが走る。



ニンゲンと共に経験を積んだスライム。

彼女は確かに強くなりそのチカラに酔っていた。

今ならハチミツ探しの際に怒鳴り込んでくる、蜂の魔族も軽くあしらえるぞと。

そのため周囲に対する意識が疎かになっていたのかもしれない。


あらためて意識し感じ取ったそれは、通常の魔族は避けるべき存在だった。



霧だ。

スライムと出会う前、ワーキャットのココが乱心し、冒険者と取っ組み合いする事となった原因。


その霧に飲まれた魔族が近くにいる。嫌な予感とはこの事か。


飄々と進んできた道中とは一転、まとわりつくような空気に圧され、二人は身を寄せ辺りを見渡した。


霧に飲まれた魔族は、話し合いなどできる状態ではない。

出会ってしまえば戦闘は避けられないため、先に発見して叩きのめすか、鉢合わせしないよう進路を定めなくてはならない。


最小限の動きで探知を試みていると、前方の岩影から湯気のようなものが立ち昇っているのが見えた。

……あれだ。


霧を大量に摂取した魔族らしく、収まりきらない紫色の霧が溢れ、強烈な存在感を放っている。


見ると周囲にいる他の魔族、犬に近い見た目のワーウルフがそそくさと距離を取っていく。

酔っ払いに絡まれては面倒だ、と言わんばかりに。

迷惑そうである。


霧から覚めるまで放置するか、器物損壊など起こすようなら仲間を募って袋叩きにするのであろう。

いずれにせよ、酔っ払いも霧に侵された魔物も、単体では関わり合いたくない存在だ。


それは冒険者一向についても同じであった。


霧に侵された魔物は岩陰に留まりその全容は見てとれないが、動き出したら面倒なのは間違いない。


額に浮かぶ汗を拭い、目で合図をすると、二人は霧に侵された魔物がいない方向、右へと進路をとった。


身をかがめ姿勢を低く進む。スライムも冒険者に倣い、水溜りのようなぺしゃんこ形態で追従する。


何度も振り返り例の魔物の動向を探るが、未だ岩陰から動いていないようだ。

変わらずに紫色の靄だけがたなびいて見える。


このまま行けば迂回するルートで次のエリアまで進めるだろう。


先程よりだいぶ薄くなった「嫌な予感」に肩が軽くなるのを感じていると、突然ヒュッと音と共に冒険者の足元に衝撃が走った。


見ると、粗く削り出された木の矢が、くるぶしを掠め地面を抉っているではないか。



「敵?んもう!

こんな場所で戦闘になったら、霧の魔物に気付かれちゃうのに!」



スライムが平べったい形態から戻り、冒険者もまた武器を握り直す。


この矢を放った相手を排除して、一刻も早く立ち去らなければ。


続く射撃に警戒し前方を睨み付けると、矢を番えた「それ」がまさに茂みから飛び出すところであった。


金色の髪を振り乱した「それ」は、ヨタヨタと歩き掠れた鳴き声をあげた。



「…パ…………ん……」



とだけ声をあげると、そのまま水溜りに倒れ込んでいった。



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