第9話 四天王




住人が増えはじまりの村が賑わいを見せている頃──魔術師メルトは冒険者の動向を監視するプロジェクター室ではなく、一面を本に囲まれた図書室にいた。


図書室とは言っても、農具やら非常食やらが押し込められているいわば倉庫である。


その中でも各々が雑多に持ち込んだ本が積み重なり、壁面を本の山が埋め尽くすとようになると、いつしか図書室とよばれるようになっていた。


先程までメルトがいたプロジェクター室で投影されているのは、目の敵にしているはずのニンゲンと仲良く食卓を囲む同胞達。


先日回覧板でニンゲンに協力するのは個人の自由ですよ、とお知らせを回したところだが……それでも、メルトは腹に黒い澱が溜まっていくのを感じていた。


あーだこーだとスポーツ観戦のように盛り上がるその場に溶け込めず、一人静かな図書室へと逃げるように抜け出してきたのである。



「皆で決めた事だけど、ニンゲンだよ?

あんな事をした奴らと同じ種族なのに、なんであんなのと仲良くしてるんだよう」



机に突っ伏しながら溜息と共にこぼすメルト。



本当は今すぐにでもニンゲンの元へ転移し、思い切り叩きのめしてやりたい。

あのニンゲンの前に初めて姿を現し、出会い頭にそうしたあの日のように。


だが、その激情をメルトはグッとこらえる。


何のためにニンゲンを、ここ魔族の領土で泳がせているのかを今一度思い返す。


魔族の悲願のために。


今はただの投影器として扱われている力の宝珠。

片手サイズの便利な家電製品に留まらないそれは、ニンゲンの強さを吸い上げ、力を蓄えるためのものである。

そうしてニンゲンから奪い取った力をもって、ニンゲンどもに復讐をするのだ。


だが、あの冒険者が育ちきる前に刈り取っては恩恵が少ない。


強くなる度に余力を残させるようにチカラを奪うか、もっと強く、この帰還の塔まで辿り着けるほど強くなってから一気に刈り取らねば。


そう考えると、ニンゲンの冒険をサポートし、成長を助ける同胞達……仲魔として同行する行為も、結局はメルトに倒され力を奪われる未来になるニンゲン、つまりは力の宝珠の糧になる事に思い至る。


私が最後に務めを果たせばいい事だ、と現状に納得をつかせていると、スルスルっと誰かがやって来るのが見えた。



「めーちゃん、ここにいたのね」



そうメルトに呼び掛けたのは蜘蛛の胴体にニンゲンの上半身を持つ魔族の『アラクネ』

すらりと伸びる脚には毛糸が絡まっている。

先程まで編み物でもしていたのであろう。


何をしていたの?と床に散乱する本を器用に避けながら寄るアラクネに対し、メルトは強がりを見せる。



「ニ、ニンゲンを倒す策略を練っていたのだ!」



先程までへこんでいたことを悟られるのが気恥ずかしく、上擦った声を上げながら本の山から適当な本を引っこ抜く事にした。

あらあらぁ〜、とアラクネにはお見通しのようだが。


それで、と他愛のない雑談に興じる二人。


いつもはニンゲンがなんだ、と威勢を張っているメルトだが、ドラゴンと同様にアラクネのお姉ちゃん、と慕うメルトの表情は柔らかい。


アラクネもまた、悲願のために無理をしているメルトを妹のように想っていた。



(思い詰めた顔をして出て行ったから心配して来たけど、もう大丈夫そうね)



紅茶を淹れながらにこやかに話すメルトを見て、アラクネは思い出したように手を叩く。



「そういえばニンゲンの彼、もうすぐ中間地点に来るみたい。

近くまでハーピィの子に掴まって飛んできてるみたいよ」



瞬間、メルトを笑顔から引き戻すが



「お姉さんがちょちょいっと、やっつけちゃうんだから、めーちゃん応援よろしくね」



パチンッ☆とおどけてウインクを飛ばす彼女に乗せられたようだ。



「うん!

魔王四天王のチカラを見せつけてやって!」


「四天王って、ふふっ。

そんなのいつ決まったのかしら」



突然の四天王拝命に小さく笑みが溢れるアラクネ。


どうやらまたメルトは、小説からカッコいい言葉を学習したらしい。



「ええっと、アラクネのお姉ちゃんでしょ、ドラゴンのお姉ちゃんもだし、あとは…」



指折り数えるメルト。



「魔王様は四天王なんて区別する人じゃないわよ。皆大事って言うと思うな。

でも、めーちゃんの四天王として頑張っちゃおうかしら!」



ニコッと首を傾け軽くポーズを付けると、行ってきまーすと抜けた声を掛けて部屋を後にした。



(私も応援しに行かなくちゃ)



後を見送り立ち上がったところで、先に出て行ったアラクネが半身を覗かせる。



「言い忘れてたわ。

ニンゲンを倒す策略の本、いいものを見つけたわね」



メルトが格好つけのため手に取った本を指差し、あらためて部屋を出て行く。


不思議に思いながら本を掲げ、メルトは目を見張った。



「これは!これがあれば!」




*****




「メルトさ〜ん、アラクネさんの見せ場、始まりそうですよ〜」



出掛けのアラクネにメルトの居場所を聞いたのであろうガーゴイルが、間も無く始まるニンゲン一向とアラクネ戦のお知らせにやってきた。



「ん〜、これは…アラクネさんの戦いは録画しておきますかね〜」



手頃な布を背中に被せ、音を立てないようそーっと後ずさるガーゴイル。


くぅくぅと寝息を立てるメルトの腕の中には

『魔力回復 郷土料理集』

と背表紙に描かれた本が大事に抱かれていた。



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