第8話 村長の想い
腹ぺこハーピィに強制帰還させられた冒険者一向。
彼らを迎えた村は、久方ぶりの喧騒に包まれていた。
賑やかさの一端となっているのは、成果が上がり早目に帰宅したゴブリンのオヤカタと、サボりがバレたリナ。
「説明」と詰問され「ごめんなさいっすごめんなさいっす…」と地にひれ伏している。
橋を架けた功績を差し引いても、無断欠勤分のお叱りはキツそうだ。
一方、お叱り会場から小川を挟んだ村の広場では、前日ニンゲンとじゃれ合ったワーキャットの『ココ』が、ハーピィに料理を振る舞っていた。
「ココは世界を旅するトレジャーハンターだからニャ!旅先での自炊は得意なのニャ!」
聞けば何やらすごい宝珠がある、と噂を聞きつけたココもダンジョンに挑み、そこでニンゲンの冒険者とすったもんだの末手を結んだらしい。
今回は譲ってやったのニャー、と今までの武勇伝を交え語るも、お腹が空き過ぎたハーピィは空返事で受け流しつつ食事に没頭していた。
「毛が…入ってる…」
「隠し味に気が付くとはさすがニャ!
ニンゲン、お前も食べるかニャ?同族以外は有料だけどニャ!」
ええ…と、ネコ毛が浮かぶ鍋をチラリと見た冒険者だったが、毛を吐き出しながらおいしそうに食べるハーピィを見て食指が動いたのであろう。
チキンのネコ毛添えを注文し席に着くことにした。
サービスニャよー、と山盛りの毛を盛り付け始めているが見なかったことにしよう。
*****
「はい、これでいーい?」
小高い丘の上から村内を見守っていた村長に、一枚の紙が手渡される。
何やら書き込まれたそれを渡したのは今回の冒険でニンゲンと仲良くなり『仲魔』となったスライムである。
初めてこの村を訪れた彼女は、住民登録のために村長宅を訪れていた。
「えーっと、好きな食べ物はハチミツ。
嫌いな食べ物は特に無し、いいね。
実家は森の二丁目か…たまには帰ってあげてね」
住民登録を進める村長は、スラスラと内容を読み上げると、スライムを村長宅の空き室に案内する。
この村長宅、彼女一人が住まうにしては大きな造りをしている。過去に使用人でもいたのか、外観が示す通りかなりの居室が誂えられていた。
また、地下室も存在しておりそちらにも結構な居住スペースが設けられている。
噂では地下室のさらに奥、荷物がごった返している倉庫の最奥にはダンジョンが広がっているとかいないとか。
今回新参のスライムが与えられたのは、今は部屋の主がいないそんな一室だった。
家財道具をキラキラした目で見つめるスライムに、自由に過ごしてね、たまに家事手伝ってもらえればそれでいいよ、と笑いかけると、彼女を残して村内を望める丘の上へと歩き出した。
「また、賑やかになってくれるといいな」
そう呟く村長は、そよ風に目を細めながら村内を見渡す。
ニンゲンの冒険者が塔の魔術師メルトに叩きのめされ倒れていたところを保護、住まいを与えられている村の長。
彼女は空色のワンピースに、ピンクのニット帽を被り、一見ニンゲンのようにも見える。
しかし、魔族特有の耳状に縁取られた帽子が、ニンゲンでは無いことを示していた。
あの中身はワーキャットのようなネコ耳か、ワーラビットのような兎耳か。
風に揺れる栗色の髪を振りながら、ネコ毛料理に悪戦苦闘する冒険者に優しい眼差しを送っていた。
視線の先には彼が首から下げる紡ぎのお守りがあった。
先日村長が冒険者に贈ったものだ。
満腹になり寝そべるハーピィは、このお守りから村の存在に気付きここへやって来た。
『ピューレ』と名乗る彼女から聞くには、なんでもレアアイテムらしいが…
「あなたは…ちゃんと帰ってきてね……」
どこか悲しげに北方を望みぽつりぽつりと言葉を出す村長。
その目は遥か遠くに滲む帰還の塔のシルエットでは無く、そのずっと先に向けられているようにも見えた。
「タルテさ〜ん。回覧板持ってきました〜」
ひょっこりと、家の陰から顔を覗かせたのはメルトの子守役のガーゴイル。
村長…タルテと呼ばれた彼女は声の主に気付くと、物憂げな表情を消し去りガーゴイルを迎える。
「いつもご苦労様。
…あの子ったらまたお菓子ドカ食いしてるのね。
それと、芋煮会の件了解したわ。
その時はあの子も含めて皆でやりたいね」
「そうですねえ〜。
まあ、その時にはきっと全部終わってますよ〜。
それじゃあ〜、帰りの転移をお願いできますか〜?」
「いいよ。
塔の中は結界が強いから近くまでしか送れなくてごめんね」
回覧板を読み終えた村長──タルテは転移の魔法を唱えかけ、にいっと笑う。
「そういえば濁酒、できてるわよ。持っていくでしょ?」
右手でクイクイッと杯をあおる仕草を見せると、ガーゴイルと連れ立って歩き出した。
後で冒険者とも一杯やろう。新しく村に来たスライムちゃんも誘わなきゃな。
ハーピィちゃんは…酒癖悪そう…などと考えながら歩を進める彼女の足取りは、いつにも増して軽やかだった。
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