第3話 見慣れない子、現る




ニンゲンの冒険者との邂逅から二日目。


メルトは帰還の塔を拠点に、ニンゲンを捕え力を奪うための結界を生成していた。

その結界を作成以来初めてとなるニンゲンの来訪に、今日もプロジェクターが設置された塔の一室は大盛況であった。


昨日は打ち倒されるニンゲンの冒険者を酒の肴に大いに盛り上がったメルト。

と、連勤でメルト話に付き合わされ目の下のクマがひどいガーゴイル。

今日は、立派な二本角に赤く艶のある鱗を丹念に磨くドラゴンも観戦に加わっていた。



「あっ、また罠に引っ掛かってる!

すごい無念そうな顔してるなぁ。

私もキレイに磨いた鉄の球落っことして錆びた時はしんどくなったなぁ」


「あいつがパン食べてるの見たらお腹空いてきちゃった…チョコレート、チョコレート…あーっ、ドラゴンのお姉ちゃんそれ最後のチョコレートじゃん!ひーん…」



悪い悪い、と平謝りをするドラゴンの横で、目に涙を浮かべる魔術師様のために買い出しに行こうかと準備をするガーゴイルは、出掛けにふとプロジェクターに目をやった。


先程まで罠を踏みまくっていた冒険者だけではなく、そこには長い尻尾の、見慣れない人物が映し出されていた。


『ワーキャット』。猫。猫の魔族である。


魔王の配下、つまるところガーゴイルの同僚にもワーキャット族はいるが、彼女らは手癖が非常に悪い。


作業ついでに報酬だと言わんばかりに勝手に物品を漁って去っていく。


この帰還の塔の管理スタッフにもワーキャット族は籍を置いていたが、清掃+窃盗がセットになっていたため、現在は野良仕事をしてもらうに留まっていた。


画面に釘付けとなったお菓子買い出し班の様子に気付いたメルトもその視線の先を辿る。



「うん?今冒険者がいるエリアでワーキャット族って活動していたっけ?」



当の本人はお菓子の無念さも忘れハテナ顔だ。



「ワーキャット族はもう少し先のエリアで寝転がっているはずですけど…見慣れない子ですね〜。

毛色が白い子はウチにいなかったはずですよ〜」



この先に寝転がっているワーキャットの毛色は主として青色だ。


トランプに興じていたドラゴンやゴブリンといったスタッフも、その事に気付き画面を覗き込んだ。


もしや、他領の魔族か。


魔族は基本的にゆるい連帯感を持って、お互い協調関係を保っている。

しかし、画面に映し出された見慣れない子を見つめる面々の表情は固い。


平時であれば遊びに来たのかな?歓迎しに行こう!と宴会の準備を始める者も少なくないのだが、今回はそうはいかない「事情」があった。


誰もが苦々しく唇を噛みつつ「事情」の再来とならぬよう静かに画面を注視していた。



「なんだニンゲン、お姉さんは忙しいのニャ。その辺で道草でも食ってろニャ」



ニャ、と。プロジェクターから出力される見慣れない子の間延びした声に…ニンゲンを前にしても猛り襲い掛からぬその姿勢に、場を覆っていたしんとした雰囲気は霧散した。



「この子は…大丈夫。

外の子だがあちら側ではないみたいだ。ガーちゃん、チョコレートよろしくね」



先程メルトの好物を食べ尽くしたドラゴンが、柔和に語りかける。


それを聞き、チョコレート欲が高まったメルトに倍量の購入をねだられ二つ返事で買い出しの準備を進めるガーゴイル。



(まぁ〜今更何もないと思うけど、アレとは関係ない子で良かった〜)



まだ後方で駄々をこねるメルトからの追加注文メモを見ないようにしつつ歩き出すと、またもやドラゴンから声が掛かった。



「ごめんガーちゃん。

買い出しは明日の方がいいかもしれない」



「霧が出ちゃった」



プロジェクターには見知らぬ子に組み伏せられる冒険者と、禍々しい紫色の霧が映し出されていた。


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