第4話 霧




「霧が出ちゃった」



チョコレート買い出し班を引き止めたドラゴンは軽く、しかし物憂げに言葉を吐き出す。


声の主ドラゴンやメルト、そしてガーゴイル達があらためて視界に収めた「霧」とは、一般にいう水気を含んだ気象を表したものではない。



「あのワーキャットの子、霧に飲まれてしまったか」



ポツリと誰かが呟く。


『霧』とは。

紫色の魔力を帯びたそれに長く晒されると、その作用により理性のタガが外れ、本能に身を委ねる事となる。


魔族によって程度の差はあるが、一般には闘争本能が強く現れ、同族以外への敵意……

主にニンゲンに対して非常に攻撃的になってしまう。


過去、魔族と友好関係にあるニンゲンとの間で、霧による争いが引き起こされた事もあった。


皆の視線の先、投影された画面には、先程まで冒険者と言葉のやり取りをしていたワーキャットが、今は霧に侵され拳のやり取りをしている。



「このままニンゲンがボコボコにされてくれればレベル回収は捗るけど。

同族が狂う様を目にするのは気持ちのいいもんじゃないな」


「そう…だね」



ドラゴンがドシンと腰を下ろし、その隣で消え入りそうな声で答えるメルト。



「ワタシはそこまで嫌いではないけどな!

全力で運動した後のような爽快感があるから、月イチぐらいなら霧ってもいいかなって」



サウナ浴でもするかのようにあっけらかんと語るのは、長いウサギ耳を持つ兎の魔族『ワーラビット』だ。

身の丈程もある槍を巧みに操り、ニンゲンからは戦闘狂の魔族と評される彼女らだが、単に体を動かすのが好きなだけである。



「正気に戻す方の身にもなってくださいよ〜。

ボコボコにされれば収まるとはいえ、しんどいんですからね〜」



チョコレート買い出しを中止したガーゴイルは心底嫌そうに顔を歪め言う。


実際、霧に侵された魔族は叩けば治る。

ボコボコにして気を失わせるか、霧の外である程度時間を過ごせば正常さを取り戻せる。


これは魔族の一般常識であり、先程のワーラビットのように楽観的に捉える者も少なくない。


不治の病ではなく、一時的なハイテンションを引き起こすスイッチ程度の認識なのだ。



「ワーキャットのネコちゃんが勝つにせよニンゲンが逆転するにせよ、この規模の霧ならそこまで心配するもんでもないな。


もしもの時は俺がネコちゃんを小突いてきてやるさ」



そう言ってちからこぶを作って見せるドラゴンに、霧に飲まれた彼女の担当はしたくないな、と誰もが天を仰いだ。



不安とも安心ともつかない空気感だが、今はネコちゃん…ワーキャットとニンゲンの冒険者とのじゃれあいを観戦しよう。



そして、数分後。



ドラゴンは自分の膝を枕に眠るメルトを撫で、解散を宣言する。



「ケンカは終わったみたいだ。

お昼ご飯にしよう。

ガーちゃん、姫様をベッドに運ぶのを手伝ってくれ」



おおごとにならなくて良かったね〜と、ぞろぞろと食堂に向かう一同。


その後には、全身毛だらけになったニンゲンと、ワーキャットが固く握手を交わしている姿が映し出されていた。


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