こつ、と頭部に固い感触があって、俺は目を覚ました。

 逆さまの九官鳥が頭上に映る。その先には、季節の進みとともに近くなってきたような青空があり─── こいつ、寝てる俺の頭蹴ったか?


「妙なことをしてるようだな」

「妙」


 問われて答えながら、俺は起き上がる。胸の上に香箱座りお手手ないないしていた猫が、迷惑そうに渋々と降りた。だが座り直した胡坐の上に収まり直るので、この諦めない精神を見習いたい。


「俺たちの任務の件だな。俺も聞きたいことがある」

「何も知らないぞ」


 簡潔な一言で、こちらの用事が半分済んでしまった。昨日聞いた『リオ』のの話を確認したかったのだ。

 約束をしている以上嘘を吐くはずもないし、以前のような何かを隠している様子もない。なにより「何も」と言い切った。


「妙だな」

「だから言ってる」


 九官鳥はそう言って、傍らのウッドテーブルの長椅子に腰かけた。

 遅れてやってきたアルパカが、俺の隣にごろんと寝転がり、ちょうど先ほどまでの俺と同じ体勢になった。

 ウッドテーブルに肘を立て頬杖をしながら、九官鳥はこちらを見た。先に質問をしたのは彼の方なので、俺が答えるのを待っている。


「研究施設の情報を鹵獲していた。情報の内容は分かっていない。

 だが、どうやら同時に三か所で同じ任務が走っていたようだ」

「鹵獲していた情報の媒体はなんだ。人間か」

「…… 知ってるのか」


 かなりピンポイントで当てられ、俺は思わず口を吐いてしまった。

 だが、九官鳥はひらひらと頬杖をついていた手を振る。そうだ、さっき「何も知らない」と言っていた。


「誘拐が得意と言っていただろ」

「お前の勘って怖いな~~……

 そうだ、俺たちの方は人間だった。ちょっと様子がおかしい」


 ふむ、と九官鳥は頷く。


「ちなみにもう一か所は『リオ』隊で、こちらはいわゆる研究資料らしい。

 ほかの二か所は分からない」

「そりゃそうだ。すべての鹵獲物を知っていたら、あの男の認識をもう少し改めてるところだ」


 さも当然とばかりに九官鳥は返した。

 ほかの二か所を聞き出せていたとして、俺の成果ではなく『リオ』のの成果であることが前提でツッコミが入ったな。


「そもそも、お前がいて他国に求める知識ってなんなんだ。

 お前もなんか察してるんだろ。何が起きてる?」


 ごろんと転がってきたアルパカが、俺を包むように丸くなる。ちょうど手元に来た白い頭をわしゃくしゃわしゃくしゃ。


「それを知りたくて俺もここに来たんだがな。

 まあ知ってるわけもないか。だがいい情報だ、様子のおかしい人間」

「いい情報か……??」


 どこに目を付けてんだ。思わず首を傾げてしまう。

 俺のツッコミは相変わらず流され、九官鳥は話を続けた。


「何かを伏せられているということは分かってた。『青い蝶々』を見るまでもないが、相手が俺に見られるのを避けている素振りがあった」

「お前がを見るって知られてんのか」

「ある一定階層以上はな」


『レトレ』だけでなく、彼が『青い蝶々』を見ることまで把握されているのか。

 だが、であれば。


「今更だ。何を隠すのかと思った」

「そりゃそうだ」


 昨日今日でそれらの連中が、九官鳥の性質と能力を知ったわけではあるまい。

 見られては聞かれては困ることがある……


「お前に知られるよりは、隠すと悟られる方がまだマシってか」

「おそらくは一時的でいいんだろう。目的が果たせれば、知られたところで支障はない」

「…… 拭いきれない不穏さがあるんだが」


 どういう気分になればいいんだ、俺は。

 自分の思考の及ぶ範囲よりも外側で、何か良くないことが起きつつあることだけが、ひしひしと伝わってくる。

 だが、目の前の男は着いていた頬杖を外し、ひらひらと気軽に振る。


「それこそ今更だろう。

 不穏がなかったことが、今の今までひと時でもあったか」

「ひと時くらいはあってほしかった」

「そういうことだ」


 俺は願望として伝えたのだが、どうしてか結論にされてしまった。いや、質問に対して願望を伝える俺の方が、コミュニケーションの取り方を誤っていたな。

 わしゃわしゃしていた俺の手を、アルパカの白い手が取ってぽんぽんと慰めるように包んでくれた。


「不穏が尽きないことは分かった。

 それで、本隊が何をお前に伏せているのかは見当がつくのか。

 この鹵獲物から…… 『禁忌』ではないよな」


 某国といえば、と思い至る。

 だが、それは即座に否定された。


「違うな。あれは残すところ『アーティファクト』のみだ」


『カテドラーレ』に存在するという『禁忌』の『アーティファクト』のみ。

 そうだ、集落の『レトレ』もそう言っていた。二人の『レトレ』がそう言うのだから、ほかの場所に『オブジェクト』があることはないだろう。


「じゃあ…… ほかに目星があるのか」


 彼は先ほど、「いい情報」と言っていた。

 様子のおかしい人間をして、いい情報、とは。

「おおよそ」と言いながら、九官鳥は頷く。


「そもそも、ただ顔を合わせないだけで『青い蝶々』の情報から逃れ切ることはできないしな」


 本当に恐ろしいスキルである。

 いつか九官鳥は、『テスカ』に言っていた。


 ─── 『青い蝶々』が全部知ってるぞ。どこからでも『お前たち』に辿り着く ───


 おそらく九官鳥本人が直接対峙せずとも、を辿っていくことができるのだ。

 それは人の記憶なのかと聞いたことがあるが、記憶とは異なると言っていたか。

 ふと、それこそ誰かに聞いた話だったかを思い出した。

 人の記憶や知識、経験というものは、個人の中にあるものではなく、どこか共通の本棚のようなものに収められているのだという。

 ある種の鳥がある場所で得たスキルを、直接接触のない遠く離れた場所に生息していた同種の鳥が獲得したように、脳はその本棚の知識を受信する装置である…… だったか。

 あるいは『青い蝶々』を見るというのは、そういうシステムなのかもしれない。

 改めて実感するが、こんな情報源を手にしている時点で、本国の圧倒的な優位を確立しているようなものだ。


「…… でも、だからってあんまり

 この間、鼻血出してたろ」


 前回の任務で、九官鳥が通常以上に積極的に『青い蝶々』を見た時、彼の身体には確かに負荷が掛かっていた。

 ノーリスクではない。

 俺の言葉に、九官鳥はニヤリと笑った。おい、どういう意味だ。


「そこだ、隊長」

「どこだったんだ」

「『青い蝶々』は身体に負担が掛かる。身体にすら負担が掛かるんだから、精神には効果覿面だ」

「おいおいおい……」


 包んでくれたままだったアルパカの手を、ギュッと握ってしまう。

 目の前に鼻血出した男がいるんだが。いや、一周回って常に発狂してる状態と言われたら、まあそうかもしれないと納得しそうな男でもあるが。

 ─── と、そこで、やっと俺はこの話題の中心の存在を思い出した。


「まさか」


 ───


「『青い蝶々』を見る人間を増やしているってか。他国で、それも複数の場所でだ」


 そこまで認知のある存在だとは思わなかった。まだ本隊の関連施設だったと言われる方が納得したかもしれない。

 だが、本隊の関連施設を襲う理由はない。


「『青い蝶々』も『レトレ』も『アーティファクト』も、『カテドラーレ俺たち』はべつに最初から秘匿しているわけじゃなかったからな。

 もう少し世界に期待していた」


 冷たく九官鳥は言い放った。

 いくつかの情報の流出は、あるいはがまだ世界俺たちを信じていたときに、外へ話されたものなのかもしれない。

 その中に、『青い蝶々』があった…… のか。


「本隊が、『青い蝶々』の開発に遅れを取った?」

「いいや」


 俺の疑問に、九官鳥はあっさりと首を振った。

 ニヤニヤと場違いに嗤う。俺の推測がまったく明後日の方向であったことが分かる。


「ここまでの流れを考えろ、隊長。

 本隊はこの任務でさえ俺に伏せたかったんだ、ましてやド頭から研究なんてできるはずもないだろ」

「…… かすめ取ったってか」


 他国で研究が行われていることを認識しながら見逃し続け、形になったところを鹵獲する……


「そういうことだ。

 それも、もう俺に悟られても構わないレベルで形成されている段階で」


 いよいよ嫌な予感しかない。お前はなんでそんなに余裕なんだ。

 もしも『青い蝶々』が本当に成立してしまったとき、『青い蝶々』の先にあるのは彼が見ている世界であって─── そこには、恐るべき兵器に転化する知識がある。

 今更、この立場にあって平和を説く気は無いが、その情報に接触できる人間がほかにいるということは、翻って九官鳥の代わりが出来る可能性があるということで……


 九官鳥は、しかし俺の懸念とは逆に、至極蔑んだ笑みを浮かべた。

 まるで今目の前で起こっていることは、すべて自分には関係ない出来事であるとでも言うように。


 だが、なぜそんな雰囲気なんだと首を傾げかけた俺に、彼はそれどころではない状況を突き刺した。


「それで、はどこまで食い込んでるんだ?」

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