猟犬を愛する者のゆるふわではない関心
私を見て
1
誘拐は得意だ。─── とは言ったが、こんな連続で人攫いをするのも珍しい。
ましてや要人ではなく、一般人…… いや、一般人はこんな研究所にナンバリングされてはいないか。
その人間がいるのは開発室の一室だ。開発室の研究員側ではない。研究対象側だ。
だが、その作戦にアサインされたのは要人奪取とほぼ同じ構成だ。つまり要人扱いされているということなのだが───
侵入し確保した一室から遊撃の分隊と
某国境界付近にある研究所だった。
某国とは、先日お世話になった国のことだが、その属国に襲撃を掛けているのである。
もちろん本国の名前は出していない。我々
施設の研究内容は知らされていないが、警備のための火薬や危険物以外には警戒すべき施設はないということだった。少なくとも兵器開発ではないのだろう。
表向きは一般企業の製薬会社だと聞く。
中で動いている人間が
「確保」
「了解。ご苦労」
イヤホンから手短に聞こえた連絡に応える。
我々は無事【マウス】を確保したのだ。
各隊へ確保情報を発信し周辺を制圧していた分隊に撤収の連絡を流す。すると、先ほど確保連絡を出してきたマイクから再び着信が来た。
「どうした」
「【マウス】の様子が」
異常です─── と部下は言った。
異常、とは。すぐに浮かんだのは自決だ。あるいは証拠隠滅の名目で施設側に殺害をされた可能性もある。
「生きているのか。医療チームの必要は」
「いえ、身体に問題はなさそうです。
錯乱…… でしょうか。暴れていたので抑えたのですが、依然沈静化せず」
「多少乱暴になるが落としてくれていい」
だろう、多分。現場責任者ではないが、暴れている人間をそのまま持ち運ぶのはリスクだ。何か指摘を受けたら適当な言い訳を見繕おう。
だが、マイク越しの部下は何か躊躇するような空気だ。何かに対して逡巡が走った。
「分かった。今向かう」
形容し難いと理解し、俺は同室の別隊隊長へ共有するとすぐに件の開発室へと向かった。
異様であるというのが部屋に入る前から理解できた。声がするのだ。
悲鳴とも怒声ともつかない、男の声だ。これが【マウス】の声ということなんだろう。
部屋に着き連絡をした部下を見つけた。男の声があまりに大きいので、俺は部下に近づき声を掛けながら肩を掴む。振り返った部下は、顔を覆ったマスクの中にある目を安堵に和らげた様に見えた。
「これか」
「これです。ただ、なんというか」
部下がそこで言葉を切ってしまうのも理解した。【マウス】を抑えている兵士も含め、この場の全員がその異様さに困惑している。
【マウス】はこの場の誰も見ていない。誰でもない
その内容も意味がよく分からないのだが……
「ひとまず撤退する」
部下に告げると、俺は兵士によって床に押さえつけられた【マウス】へ向かった。
しゃがみ込み、何かを叫ぶ男の髪を掴みこちらへ頭を向けさせる。痛みにだろうか、ブラウンの目が反射的に俺を見た。
ふと静寂が訪れる。
【マウス】の喉から音が消えたのだ。
彼は、俺を見た途端、息を飲むように黙った。
不可解な瞬間だった。
だがちょうど良い。俺は男に説明を試みようと口を開きかけ─── しかし先に【マウス】が口を動かした。
「…… 化け物っ……」
躊躇なく俺は掴んだ頭を床に叩きつけ、無事【マウス】は昏倒した。
決してショックだったとかそういうことではなくて、この先も話が通じなさそうだと思った上の判断である。
要人レベルの人員をアサインされてるだけで、丁寧に扱えとは指示が降りてないので、たぶん大丈夫だ。
ホームに戻り、鹵獲対象を引き渡す。
一時的に気絶させた後、鎮静剤を投与していたため、あれ以降は暴れることはなかった。なにやらずっとぶつぶつ呻いてはいたが。
表向きの会社からしても、もしかしたらあまり良くない新薬の検体だったのかもしれない。
しかし、この作戦の目的を、傭兵隊には知らされてはいなかった。
「お疲れさん。…… お前のところも駆り出されたんだな」
部屋に戻る途中、『リオ』の隊長を見かけ声を掛けると、どこか訝し気に返ってきた。
彼を見上げると、黒にも見える深い茶の双眸は真っ直ぐ前を向いている。どうやら訝しんでいるのは俺自身のことでは無さそうだ。
今回の任務は『リオ』隊との合同であったが、それぞれ別の任務を請け負っており、顔を合わせたのは現場に到着してからだった。
連携する必要はなかったので任務への影響は無いのだが、同行する相手が誰なのかくらいは事前に教えて欲しいものだ。
「『リオ』のも研究資料の鹵獲だったんだな」
「ああ。お前のとことは違って、単純に情報だったんだが」
開かされてない情報に踏み込むのはお互いのリスクになるが、『リオ』のは俺たちが人を輸送車に詰め込んだのを見ているし、『リオ』隊の任務の概要は顔を合わせた時に教えてくれていた。(言っちゃっていいのかとは思ったが、聞いちゃったものは仕方ない)
「俺が知ってるかぎり、あと2隊ほど同じことをしてる。
そんなに大規模な研究が行われてるってことかな」
「4隊でって?」
『リオ』のの話しに、俺はギョッとした。『リオ』のと『ナックブンター』で2隊。そのほかに更に2隊、別の場所で同じ任務を遂行していたと言っているのだ。
「同時に何かしらの研究所を襲撃したってか」
今回の任務には俺たちしかいない。研究所自体も、任務が分かれてなければ2隊必要になるほどではない規模だ。
『リオ』隊以外にいたら、気付かないはずがない。
「おそらく。
鹵獲するものまではさすがに分からないけど、研究所を襲撃して、情報を収集するんだって話を聞いた。
たぶん、向こうも戻ってきてる頃だとは思う」
『リオ』のは頷いた。
…… 任務完了後ならまだしも、通常は遂行前の任務内容を他人に話すものではないのだが……
なぜ『リオ』のが他隊の直近の任務内容を知っているのかは、以前この男がまったく別の分野の人間からの信頼もごく自然に寄せられていた実績を見ているので、理屈よりも先に納得が来てしまった。
「同時に2か所以上の施設を襲撃してたってことか。
きっと同じ研究内容なんだろうな」
「関連してないわけもなさそうだからな。
でも、研究情報の鹵獲というところでなんというか、不思議というか」
と言いながら、『リオ』のは顎に手を添えた。
「抹消するならまだ分かるんだ。情報を広めたくはないってことだろ。
でも任務は鹵獲だった。その知識が欲しいってことだ」
そこまで聞き、『リオ』のが何に引っかかっているのかが分かった。
今回、あのバディは同行していない。
「この国にはまだ情報がない、あるいは足りていない知識がある…… なんて、なんかちょっと腑に落ちないんだよな。
お前のところの、バディがいて」
一見、『リオ』のがバディを─── 九官鳥を過大評価しすぎにも聞こえるが。
言われてみれば確かに気になる。
一定の上層は、九官鳥が『レトレ』であることを知っている。彼ら以外、あるいは彼ら以上の知識を求めることなどあるのか。
いずれにしろ、
九官鳥が関わっているなら、あいつからも俺に話があるはずだが、今回は何も聞いていない。
シンプルに今回の任務が単発で、九官鳥にとって取るに足らない補助的な内容くらいにしか捉えてなかった。
だが、これだけ規模の大きい任務だったとしたら、彼が関わってないはずもなく、検知して俺に何かしらの形で絡んできただろう。
今回は、彼が関係ないことにむしろ違和感がある。
2か所以上を同時に、存在しない兵士を使ってでも欲しかった
「二人に聞いてみるわ」
「ああ。何もなけりゃいいんだが」
と、心配気な顔で俺を見るのだ。
そこでやっと、彼が情報を得たいがために俺に話しかけたのではなく、シンプルにこちらの状況を心配して教えてくれたのだと理解した。
いつか『リオ』のの方から差す後光で目を焼いたりしないだろうかと、最近目潰しされたばかりの俺はそっちの方が心配になりそうだ。
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