俺の身体が完全に『再現』されるまで、1日も必要としなかった。

 本国に戻ってからすぐに作戦の報告を下士官に行っている。


『禁忌』の『オブジェクト』が在ったこと、その研究の予算がほかの兵器開発よりも多く見積もられていたこと。

 兵器開発の施設は、謎の勢力によって跡形もなく破壊されている。

 同盟国として本国に復旧支援が要請されているが、俺たちが持ち帰った事実が審議に掛けられており、要請が通るかはまだ検討段階にある。

 おそらく通りはしないだろう。だが、同時に相手もまた気付いているはずだ。

 あの破壊の状況から、犯人は誰であるのか、その人間がどこに所属しているのか。

 今は、嵐の前の静けさの中にいる。




「体調はどうだ」


 隊長室へ入ってきた副隊長が、デスクの方へ向かいながら声を掛けた。

 いつもの作戦後の事務処理を片付けていた俺は、彼に向って軽く手を挙げる。


「もう万全だ。今回はアルパカがフォローしてくれているしな」


 いつも自力で(と言っていいのか、俺が持ってる『星』だけの力で)『再現』を待つのだが、事前にアルパカが言った通り、焼いた目と、ついでに壊れた耳の『再現』に力を貸してくれた。

 これは確かに早いのだが、『浸食』の深度が深まる。

 そのあたりの事情を知っている副隊長は、なんとも微妙な笑みを返す。


「たまにだよ」

「そうしてくれ」


 副隊長は簡易テーブルに添えていた椅子を引っ張り、執務机の前に座る。

 ゆっくりとした雰囲気で俺を見た。


「…… 集落の人がいた」


 俺は手を止めて、手元の書類を横にはけた。

 うん、と副隊長は頷く。

 経緯を含めての報告を、副隊長に済ませている。だから、副隊長は『有識者』の一件も知っていた。


「まさか、自分がすでに『レトレ』の関係者だったとはな。

 彼は何をしていたんだろう。…… 何を見ていたんだろう」


 あの彼が、集落の誰かを傷つけるようなことはしない。それは言葉以上に分かっているのだが。

 腹の中に、不安が残っている。あの二人には─── 『レトレ』の身内の子を前には、言えなかった不安。


「認識を…… 何か、おそらくは俺たちの思想か何かに関わることを見ていたらしい。

 集落の人を傷つけるようなものではないと言っていたから、仮に、もしも……


 もしも、集落の人間俺たちを通して周囲に波及するものだったとしても、


 お前や部下たちや、ほかの人たちに損害を被るようなものではないとは思うのだが……」


『禁忌』のように、影響を受けた人を介して拡散するような『アーティファクト』がある。

『有識者』が集落で何をしていたのか分からない以上、その可能性を完全に排することができない。

 知った事実で目の前の景色が変わるように、この可能性を前に、副隊長には俺がどのように見えるのだろう。

 見上げて見えた彼の静かで昏い碧眼は、迷うことなく真っすぐと俺を見つめている。


、お前に何か、


 ゆっくりと、言葉を一つ一つ積み重ねるように、副隊長は答えた。


「それが一体なんだというのだろう。

 俺たちの隊長は、俺たちが選んで目の前にいる。自分の命を預ける人間を、自分で判断して、自分で選んでいるんだ。

 お前がどんな姿だったとしても、本当の意味でそれは意味のないことだ。

 同じように、目に見えない何かが俺とお前の間にあったとしても、無かったとしても、今のこの景色が、変わるとは思えない。

 そうだろう、ニウラシュカ」


 彼は、、泰然と、躊躇なく言い切った。

 自分の言葉の響きを受けた俺を、副隊長は見守る。

 きっと俺が『花束』たちのように形を失ったとしても、この人は必ず俺を見つけるような気がした。

 なんて盤石な意志だろうか。


「そう…… だな、そうだ。

 俺も同じ選択をした。そうだ、したんだ」


 流れ星を見上げた夜を何度繰り返したとしても、同じ答えを出すのだ。

 胸の内に燻っていた不安が、夜空に溶けるように同化した。


「ありがとう、イーヴォ」

「なんの」


 身を乗り出して差し出した手を、彼は笑って握り返した。

 固く、暖かな掌だ。


「『禁忌』の『アーティファクト』と、『ドール』の所在が一致している」

「地図で示した場所だな」


 握った手を放し、その下にある書類を示した。

 これは次の作戦の一つ。


「『アーティファクト』の破棄を表向きに、『ドール』の奪還をサブとして作戦立案をする。

 この近辺の地理に詳しい者の支援が必要だ」


 俺はデスクの向こうの副隊長を見た。

 すでに心得ているように、彼は頷いて、答えた。


なら、完全に掌握しているはずだ」


 その言葉には、やはり迷いはない。信頼すら込められている。

 俺も頷き、共同作戦要請の書類を見下ろした。



 形のない大きな流れが、青い水の中に沈んだかつての美しい都市へと向かっている。

 季節は穏やかな風を運んでいるのに、その中に疑いようのない畏れを孕んでいるように感じられ、俺は知らず、ジャケットの襟を合わせた。




(音楽のゆるふわではない春 了)

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