第14話 ダオ鍋

「随分と重そうな鍋を使うんですね?」


 下拵えをしたら一番下の棚からずっしりと重そうな鉄鍋を出して釜戸へと置いた。


 ……下手な鎧より防御力ありそうね……。


「古くから使われているダオ鍋よ。ダオ・ライナーと言う昔の騎士が考えたもと言われてるわ」


 へー。騎士が鍋を考えるんだ。名前がつくくらいなら大図書館に文献とかあるかもしれないわね。リンベルクに手紙を出して調べてもらおうっと。


「このダオ鍋で煮ると固い舌でも柔らかくなるのよ」


「あ、圧力鍋か。なるほど。重さで圧力をかけるのね」


 留学先では樽くらいの圧力鍋でやっていたから気がつけなかったよ。


「圧力鍋?」


「空気や汁を逃さず火力を加えると具材が柔らかくなる料理器具です。そんな器具が身近にあったなんて驚きです」


 圧力鍋は魔女の間で一大旋風を起こした。これまで鍋で長時間煮ていたものが圧力鍋で十分の一に短縮できたんだから薬所は涙を流して喜んでいたものよ。


 もう少し小さいともっと助かるんだけ……いや待てよ。圧力鍋が普通に使われていたならカイナーズホームに似たようなものがあるってことじゃない? いや、あるよ、絶対! これは今日の夜にでも手紙を出さなくちゃならないわ。


 でも、このダオ鍋もいいよね。持ち運びには不便だけど、わたしには荷車三台分は入る収納鞄がある。これがあれば旅先でも柔らかい肉シチューが食べれるわ。


「このダオ鍋は金物屋で売っているものなんですか?」


「え、ええ。大体の金物屋には売っているわね。欲しいのなら使ってないものを譲るわよ」


「いいんですか!?」


 それ、メッチャ助かる!


「ええ。ただ、少し小さいけどね」


「構いません! 野宿したときに使うので」


 帝都を出たら野宿をすることも増えてくるでしょう。そのときに使うなら小さいほうが使い勝手がいいはずだわ。


「マイリア。出してあげて」


「はい、お義母様」


 ダオ鍋が入ってたところの奥から二回り小さいダオ鍋を出してくれた。


「この小さいのはなにに使うんです?」


 精々二人分くらいの大きさだ。小さすぎてなにに使うか想像ができないわ。


「病気になったときに麦粥を作る用ですね。今は果物を擂り潰したものが主流になったので使わなくなったんです」


「へー。麦粥か~。確かにいい大きさですね」


 それに今は果物を擂り潰したものを食べるのが主流だなんて初耳。大図書館では今でも麦粥だよ。


「そんなもので本当にいいの?」


「問題ありません。一人用ならこれで充分です」


 一人用の料理は旅に出る前に考えてある。逆に圧力鍋なことで料理数が増えたわ。


「ありがとうございます! 大事に使わせてもらいます!」


 ふふ。鍋は持ってきたけど、新たな食のともが増えたことが楽しくてしょうがないわ。


「……そ、そんなもので喜んでもらえるならこちらとしても譲った甲斐があるわ……」


 はい。わたしの食を探究する旅の一員として、この出会いは必ず書に残します。


 ダオ鍋を抱えながら腹肉を平鍋で焼くのを眺める。


「いい香り」


 羊肉ってこんないい香りを出すものなのね。お腹がキュルルと鳴き出して島ったわ。


「羊肉って、こんなに油が出るものなんですか?」


 そう言えば、羊の油を灯り取りに使うって聞いたことがある。


「ええ。新鮮なものほどよく出るわね。ただ、この油で野菜を炒めると美味しいわ」


 焼いた油で野菜を炒めるんだ。油っぽくならないのかしら?


「新鮮な油はサラサラして美味しいのよ。古いと食べられたものじゃないけどね」


 フムフム。新鮮だからか。記憶記録っと。


 腹肉から出る油を皿に移しながらこんがりと焼かれた。見た目的にも美味しいだわ。


 焼かれた腹肉は皿に盛られ、出した油を入れてざく切りされた葉野菜を炒めた。


 今さらながらミデリオ様の手際がよすぎる。近衛騎士であったにも関わらず料理も見事にこなすとか、かなり優秀な人よね。


 あっと言う間に葉野菜の炒めものが完成。腹肉の横に添え、酸味があるバラッソの汁をかけた。


「舌の煮込みができるまで腹肉をいただきましょう」


「すべてが完成してからってわけじゃないんですか?」


「他の家はどうか知らないけど、我が家では温かいものは冷める前にいただくようにしているわ」


 家庭によりけりか。他を知らないとなんとも言えないわね。

 

 席につき、「大陽の恵みに感謝します」と祈っていただいた。


 騎士の家でも大陽の恵みに感謝しますなんだ。騎士は庶民寄りなのかな?


「銀製なんですね、これ」


 ナイフとフォークの歴史は長く、銀製は珍しくもないけど、銀製は手入れが大変と聞く。普通に使うなら鉄製でいいと思うのだけれど?


「ええ。祖父の代からナイフとフォークは銀製と決めているわ。銀製は毒を見抜くと言うので」


「ウソではないですが、限定的な毒しか反応は見せませんね。今は毒味検査具で確かめてますよ」


 昔と違い、魔道具が発展している。料理にかざすだけで毒を感知できるわ。


「まあ、高額なので高位貴族しか持ってないでしょうけど」


 正式な値段は知らないけど、高位魔女が関わっている。きっと目玉が飛び出すくらい高額だと思うわ。


 それはともかく、恵みに感謝を。いただきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る