第15話 舌肉の煮込み

 お、結構弾力があるわね。


 見た目は柔らかそうだったけど、羊の腹肉を噛み切るのに結構力がいった。


 でも、噛み応えはあって羊の味がしっかりとして、とても美味しい。調味料も羊肉によくあっているわ。


「焼き加減も絶妙ですね!」


 留学先で、肉の焼き方として、レア、ミディアム、ウェルダンがあると教わった。もっと細かく焼き方もあるけど、その三つに区別しているそうだ。


 腹肉の焼き加減はミディアムとウェルダンの中間かしら? 中心部は薄紅色だ。


「ミダンが一番美味しいのよ」


「ミダン、ですか?」


「焼き方よ。ロズ、ランタ、ミダン、レイタダンの四種類。部位にもよるけど、腹肉はミダンが一番ね」


 そんな焼き方があって、呼び方があったんだ。大図書館では焼いた肉はあまり出ないから知らなかったわ。


「ロズはほぼ生ではないんですか?」


 帝国に生食文化はなかったはずだよね?


「ええ。ロズはシメてすぐに焼き方です。街ではしませんね」


 なるほど。シメてすぐの焼き方か。それなら話には出てこないか。


「ランタも朝にシメて昼前に食べないといけないから、実質、ミダンとレイタダンの二つね」


 まあ、シメたその日に食べるのだからミダンも似たようなもの。その日に食べなければよく焼かないとダメでしょうね。


 一人前をペロリと食べられ、添えた野菜を食べるけど、これは時間が経つとダメなヤツ。最初に食べるものだわ。


 それでも美味しいわ。きっと油がいいから冷めても食べれるのね。


「舌肉の煮込みをいただきましょうか」


 ミデリオ様や若奥様も腹肉を食べ終わり、若奥様が深皿に舌肉の煮込みをよそってくれた。


 香味野菜と舌肉を煮込み、灰汁を取り、葡萄酒で煮込んだいい香り。一人前の肉を食べたのに、匂いだけでお腹が空いてくる謎現象。これは絶対に美味しいやつだ。


 匙で掬い、まずはスープをいただく。


 雑味はなく、羊の肉の香りが鼻を抜けていった。


「いい香りが染み出してますね」


「そうね。今回の肉は当たりなんでしょう。たまに臭みがある肉があるから」


 へー。肉によりけりなんだ。肉の目利きも必要なんだな。


 舌肉を口の中に入れたらホロりと崩れてしまった。


「舌の肉、美味しいですね!」


 もっと硬いかと思ったら想像以上に柔らかいし、なんだか甘味かある。これは、焼いても美味しいやつだわ!


 根菜類もよく染みててホロッと崩れてしまった。


 全部食べてしまうそうな欲望を抑え、黒パンを千切ってスープに浸し、溢さないよう口へと放り込んだ。


 これはこれでいいけど、黒パンを軽く炙って舌肉を乗せて食べるのもいいかもしれないわね。


 それは次回として、黒パンを半分だけ浸して食感と味を楽しんだ。


「魔女様。お代わりいかがですか?」


「はい! いただきます!」


 これは一杯では治まらない。二杯、いや、三杯はイケる! あ、いや、二杯で止めておきましょう。がっつきすぎるのも恥ずかしいからね。


「若奥様。胃は痛くならないていどにしてくださいね。長いこと食べてなく、いきなり食べると胃がびっくりして体を壊す恐れがありますからね」


 なにか無理して食べているように見えたので注意しておいた。あ、料理を楽しみながらも周りにはちゃんと目を向けてますからね。


 黒パンでスープの一滴残すまじと、掬い取り恵みをいただいた。


「とても美味しかったです!」


 旅に出て二日目も美味しいものに出会えるとか、この先、なにか悪いことでもあるんじゃないかって不安になってくるわ。


 ……まあ、激マズでもない限り、わたしは美味しくいただくけどね……。


「あ、お茶はわたしに用意させてください」


 紅茶を飲みたい気分なので、若奥様を制してお茶の用意を始めた。


 と言ってもお湯は釜戸で常に沸いているし、紅茶はティーバッグ。若奥様に出してもらい、ティーバッグを入れてお湯を注ぐだけ。考えた人、本当に天才だわ。


「これは?」


「留学先で飲んでいた紅茶と言うものです。渋味を感じるときは砂糖を入れてください」


 収納鞄から砂糖壺を出した。


 壺にも村人さんの収納魔法がかけられているので、この部屋一つ分の砂糖は入っている。路銀に困ったら砂糖を売れってね。


「白い砂糖? 魔女特製なのかしら?」


「はい。南の大陸に伝手がありまして、白砂糖が作れるんです」


 ウソです。カイナーズホームで買ったものです。あそこは秘密なので南の大陸に伝手うんぬんと言ってるんです。でも、南の大陸に伝手があるのは本当ですよ。


「貴重ではありますが、量はあるので遠慮なくどうぞ」


 わたしは砂糖は入れないけど、二人を安心させるために匙一杯だけ入れてかき混ぜた。


「で、では……」


「はい。どうぞどうぞ」


 二人も砂糖を入れ、恐る恐る紅茶を口に含み、そのまま飲み続けた。


「……美味しい……」


「お茶に砂糖なんて思いましたが、とても美味しいです」


 二人の口に合ってなにより。


「お代わりはたくさんあるので遠慮しないでくださいね」


 ティーバッグの箱を出し、率先してお代わりをした。


「で、では、お代わりを。お義母様もどうですか?」


「ええ、いただくわ」


 二人が気に入るなら紅茶は帝都でも受け入れられるかもね。


 帝都を出る前にゼルフィング商会で補充していったほうがいいかもね。

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