第13話 嫁姑

「舌肉と腹肉を十人前くださる」


「へい! 奥さん、ありがとね!」


 若奥様も肉屋のおじさんも慣れた感じでかけ合いをした。よくくる肉屋なのかな?


 おじさんは解体の手を止め、店の奥へと声をかけた。あ、解体した肉を売るんじゃないんだ。


 しばらくしてゴゼの葉に包んだ肉が運ばれてきた。


「二百八十リドね」


 量が多いから高いのか羊肉そのものが高いかいまいちわからないわね。


 肉は下男が受け取って背負い籠に入れ、若奥様がお金を払う。いつも買い物をしているのがよくわかるわね。


「舌肉と腹肉を選んだのはなぜです?」


 わざわざ選んだ理由が気になって若奥様に尋ねた。


「舌肉は煮込みに適した部位で腹肉は焼くととても美味しいんです」


 へー。部位によって違うんだ。そう言えば、留学先で羊肉を食べたことはなかったわね。竜とか海竜とか、信じられないものはよく食べたけどね……。


「この辺では羊肉が一般的に食べられるんですか?」


「一般的に食べられるかはわかりませんが、騎士の家ではよく食べられますね。先ほど買った店で他の奥様と会いますから」


 まあ、騎士は体を動かすからね、肉が多くなるのは当然か。


 次に向かったのは葉や木の実、乾燥した粉が売っている露店だった。


「ミン、サボラ、ライライの葉、ハスバ、ゴンドバンを皿一つ分ずつお願いします」


 サボラとゴンドバンは知っている。ってことは香辛料を売る露店か。ざっと見だけで三十種類はあるわね。


 香辛料が何百種類あるとは本で読んではいたけど、いくつもある市場の小さな露店だけで三十種類もあるんだ。帝国の食って、わたしが考えている以上に豊富なのかもしれないわね。


 香辛料の露店の近くで香味野菜もいくつか買い、最後にパン屋へとやってきた。


 パン屋ではバロットと呼ばれる日保ちする半円状のパンを四つと黒パンを二十個ほど買った。


「いつもこんな量を買うんですか?」


 下男だけではなくミルまで荷物を持っているよ。


「いえ、いつもは少ないわ。あれのことで鬱ぎ込んでいたから買い物はしてなかったのよ」


 あーなるほど。何日も食べてないほどやつれてたしね。と言うか、よくそれで買い物に出たわよね。


 帰りも進みが鈍くなることもなく館へと到着。そのまま夕食の準備に取りかかった。


「若奥様。少し休んではいかがです? しばらくの間、まともな食事もしてないのでしょう? なのに、いきなり動いて食事をしたら余計に体に負担になります。悪ければさらに体力を落としますよ」


 今は気が立っていて、体の不調がわからないのでしょう。ふと気が緩んだとき、揺り戻しでさらに悪化してしまう恐れがあるわ。


 騎士の食卓になにが出るか気にはなるけど、優先させるべきは大図書館の利益。検体の体調だ。無理はさせられないわ。


「ですが……」


「逸る気持ちはわかります。ですが、母体が整ってなければ子を宿しても落ちる場合があります。ミル。麦粥は作れる? あと、あっさりした野菜煮があればいいわ」


 わたしが作ってもいいんだけど、部外者が差し出がましいことはしないほうがいいでしょう。


「は、はい。わかりました」


「若奥様は座っててください」


 と、厨房の戸が叩かれ、ミデリオ様が入ってきた。


「お義母様」


「夕食の用意はわたしがします。あなたは休んでいなさい」


 わたしたちの会話が聞こえていたわけじゃないでしょうが、ミデリオ様も若奥様の体調は心配していたようね。


「で、ですが」


「ラウルス家の跡継ぎを産んでくれるのです。義母であるわたしがなにもしないでは役目をまっとうしているバルディルに申し訳ありません」


 わたしには嫁姑問題はよくわからないけど、ラウルス家では良好な関係だってのはよくわかるやり取りね。


「ミデリオ様は料理ができるので?」


 近衛騎士、だったんですよね? いや、ちゃんと訊いたわけではないのだけれど。


「これでも休みのときは夫に作っていました」


 へー。夫婦仲はよかったんだ。言ってはなんだけど、意外だわ。


「お義母様の料理はとても美味しいですよ。嫁いだ頃は手取り足取り教えていただきました」


 さらに意外。手取り足取り教えている姿が想像できないわ。


「羊肉でしたら舌の煮物と腹肉のサボラ焼きですね」


 材料を見たミデリオ様が若奥様が作ろうとしていた料理を見抜いた。いや、教えていたのだから見抜いて当然だったわね。


「側で見ていてもよろしいですか?」


「構いません」


 わたしの旅の目的を知っているので、快く(だと思う)承諾してくれた。


 カメラを録画に切り換えてミデリオ様の料理を記録した。

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