第12話 黒徒
市場は騎士の奥様だけじゃなく、庶民の奥様も利用していた。
「騎士街を相手にしてるわけじゃないんですね」
「そうですね。従者の家もありますから」
あ、従者か。そこは考えもつかなかったわ。それなりに身分がある騎士には従騎士と従者がつくと、なにかの本で読んだことある。
「この市場は大きいほうなんですか?」
「どうなんでしょう? 嫁いできたときからここの市場しか利用してないので」
へー。他にはいったりしないんだ。騎士の奥様の行動範囲は狭いのかな? いや、広いほうか。自ら買い物に出てるんだからね。
「あら、マイリア様。お久しぶりです」
と、若奥様と同じくらいの女性が声をかけてきた。
「ナリューサ様。お久しぶり。お元気でしたか?」
「はい。マイリア様はご病気だったのですか? なにかやつれておりますが」
「はい。なにかたちの悪いものでも食べてしまったようで、しばらく寝込んでいました」
なかなか機転を見せる若奥様だこと。やはり、元々賢い人なんでしょうね。
「まあ、それは大変でしたね」
そこから奥様たちのおしゃべりが始まった。
ミルと下男は邪魔にならないよう静かに控えており、相手方の使用人(中年女性)と下男(若い少年)も同じく静かに控えていた。
見るからにいつものこと、って感じね。
魔女の中にもおしゃべりが好きな者はいる。いや、わたしもおしゃべりは好きなほうだけど、外から見てると確かに生産性のない話ばかりしてるよね。
真面目なリンベルクやシーホーが静かにしなさいと怒るのも頷ける。でもね。そんな生産性のないおしゃべりの中にも重要なことは隠されていたり、情報交換だったり、探り合いだったり、付き合いだったりするのだ。
その中で気になったのが近衛騎士の移動だ。どこかに移動するらしい。
近衛騎士は宮殿──皇族を守るのがお仕事。移動なんてあるわけがない。それがあると言うことは皇族の誰かが宮殿から出るってことでしょう。
……また皇女様たちのお忍びかな……?
非常識な村人のところへ留学してから皇族も身近なものになった。いや、わたしは皇女様くらいしか知らないんだけどね。
奥様たちのおしゃべりがやっと終わり、買い物が再開された。
「ごめんなさいね。長々と」
「いえいえ。構いませんよ。なかなかおもしろい情報が得られましたし」
「おもしろい? そんなことあったかしら?」
「まあ、そうですね。近衛騎士関連のことは情報漏洩になるので明言は避けますが、あちらの使用人が
「黒徒?」
「帝都の情報を探る組合ですね。若奥様には情報屋と言ったほうが理解されますかね?」
わたしも留学にいくまでそんなものがあるなんてわからなかった。大図書館でも把握してなかった。なのに、他国の、それも辺境の村人が知っているとか非常識極まれり、だわ……。
「……それを、わたしに聞かせる理由はなんでしょうか……?」
あら、気づいちゃうんだ。騎士の奥様にしておくのがもったいない人ね。
「ミデリオ様と契約はしましたが、若奥様とは契約してません。なので、余計な情報は流さないでください。あ、わたしが旅をしていることは話しても構いませんよ。なぜわたしと関わっている理由は若奥様が考えてくださると幸いです」
魔女と契約すれば言葉にすることはできない。まあ、言えないことから真実を探る人はいるでしょうが、そう言う人を記録する魔法も契約者にかけている。大図書館は敵対する者には容赦はしない、らしいよ。
……暗部は一般魔女には計り知れないところなのよ……。
「え、ええ。わかったわ。注意しますね」
「はい。そうしてくれると助かります。わたしはまだまだ下っ端。上の決定には逆らえませんので」
魔女の世界は縦社会。新米魔女のわたしは下から数えたほうがいい位置にいる。白でも黒と言われたら頷かないといけない身なのです。
「あ、魚が売ってるんですね」
その話は終わりと、魚を売る露店を近寄った。
「フレン川でよく獲れるロゴと言う川魚です。油で炒めると美味しいですよ」
若奥様も了解とばかりに魚のことを教えてくれた。
「ロゴですか。初めて見ました」
大図書館の食事で出たことはない。フレン川特有の魚かしら?
「では、今日の夕食に追加しましょう。六匹、くださる?」
お、若奥様わかってるぅ~。
「はい、どうもね~! 今日のロゴは美味しいよ~」
ロゴは両手に乗るくらいの大きさはあり、おかずの一品としては手頃な大きさね。
「今日の献立は決めているんですか?」
「売ってるもの次第ですが、肉を中心にしようとは思ってます」
「なんの肉です?」
「羊肉です。毎日生きたまま北部から運ばれてくるんです」
北部は草原が多くて牧畜をしている。運ばれてくるならそこでしょうが、生きたまま連れてくるんだ。街中で解体したら血とか骨とかどう処分するんだろう?
羊肉を売っていたのは石造りのしっかりしたところで、店先で羊を解体していた。
……店先で解体しちゃうんだ……。
衛生観念もなく、獣を解体してても顔をしかめる者もいない。この時代を生きている者からしたら当たり前の光景だ。
けど、違う文化、違う価値観を知ると、今見えている日常がここの文化であり、ここの常識なんだと理解できる。
だからこそ残す価値がある。わたしの旅は間違ってないと言えるわ。
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