第11話 買い物へ
なんて茫然も一瞬。慌てて魔女服を使用人服へと変えて二人のあとを追った。
二人はもう一階に降りていて、
「はい、若奥様。お呼びでしょうか」
奥から初老の男性が現れた。下男かな?
「買い物に出かけます」
「はい、わかりました。すぐに用意します」
ん? 下男も連れていくってこと?
「若奥様。わたしもお供してよろしいですか? 騎士の買い物を見てみたいのたで」
「ただの買い物ですよ?」
「そのただの買い物を見たいのです。大図書館では個人的な買い物も滅多にありませんから」
留学生だったわたしらには買い物の経験はあるけど、あれは特殊中の特殊 だ。普通の買い物とは言えない。特殊を学びすぎて普通を知らないのでは、これから旅なんてできないわ。
「は、はぁ。では……」
と言うことで、背負い籠を担いできた下男を連れて買い物へと出かけた。
先頭を歩くのはミル。その後ろに若奥様。わたしと続いて、最後尾は下男だ。
「あの、この並びは決まりがあるのですか?」
魔女界にも順位はあり、偉い人に付き添う立ち位置はある。でも、買い物へ出かけるだけで配置があるものなの?
「え? いや、決まりと言うほどのものではない、と思うわ。いつもこうだから……」
「そうなの?」
若奥様は知らないのか。なら、使用人の立場からこういう配置になったのかな?
「は、はい。使用人は主人を守るものですから」
ってことは、使用人の決まり、いや、心得なのかな? じゃあ、それを教える執事的な人がいるってことね。若奥様が知らないってことは。
「魔女──いえ、ライラは変なことを気にするのね?」
わたしが魔女であることを隠すことを思い出し、使用人として接し方に変えてきた。賢い若奥様なのね。
「わたしたちは普通の家庭で育ったわけではなく、外の世界を知らない世間知らず。ミルから見た普通、若奥様から見た普通がわからないのです。こうして普通を学べる機会があればどんどん学びたいのですよ」
留学先では毎日が非常識だった。いやもうこれ普通じゃないよね! 大図書館がすべてで、世間知らずでもわかる非常識。意識を一変させるどころか非常識にされそうだった。
館長も非常識になれては困ると、留学後は魔女の生活を再教育させたほど。いや、ララリーとミレンダなんて手遅れだったわね。わたしと同様、外へと出されたものよ。
あ、わたしは自ら出たのであって出されたわけではないのであしからず。
「大図書館から接触があるまでお世話になりますね」
報酬ではないけど、そのくらい許されるはず。いいですよね?
「そ、そんなことでいいのなら……」
「はい。そんなことでいいんです。それがわたしの役目ですから」
理解できないと言う顔の若奥様に、にっこり笑みを返した。
それから会話はなくなったけど、わたしは騎士街を眺めるのが忙しいので助かるわ。
市場は歩いて四十分くらい。なかなか歩く距離だこと。
若奥様を見ればちょっと息切れ。これは体力が低下してのことでしょうね。
「買い物は若奥様が毎日行うんですか?」
ゼルフィング商会が冷蔵庫を売り出したそうだけど、まだそんなに出回ってはいない。魔術が使えれば氷室みたいなものはあるでしょうが、生ものは毎日買わないといけないでしょうね。
「いえ、毎日使うものはミルやロイドに任せます。わたしは、ときどきです。他の奥様たちとの交流がありますから」
つまり、他の騎士の奥様も買い物するわけだ。貴族より庶民に近い生活なんだね。
「騎士の奥様とですか?」
「ええ。この街に住む方々は、大体同じ場所で働いていますから」
騎士街は他にもいろいろあるみたいだけど、ワルテル街は宮殿で働く近衛騎士や警備騎士が住んでいるんだって。
「そうなると付き合いは大変そうですね」
魔女も女。女同士の暮らしを知っている。まあ、大図書館は怖い先生方が睨んでいるから問題になるほどでもないけど、俗世ではそうはいかないでしょう。いろいろあると想像はできるわ。
「……そうね。いろいろ大変ね……」
若奥様のなんとも言えない表情で察せれるわね。まあ、だからこそ外に出れなくなるほどやつれるんでしょうね。
「もし、説明に困るなら場合があったらよい魔術師に出会って相談したと伝えてください。連絡できるようにしておきますから」
検証は多いほうがいいし、噂が出回ってくれたら集めるのも簡単だ。騎士なら家の恥にならないよう秘密は守られるでしょうからね。
「わ、わかりました」
と言うことで、騎士の奥様が利用する市場を見物しようではないですか。
カメラを出し、録画モードに切り換えて市場の風景を記録開始した。
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