第10話 わたしは希少価値

 ムムッ。ミルが戻ってくる気配。


 カメラを収納鞄に戻し、厨房にあった椅子へと腰かけ、なにもなかった体でミルを迎えた。


「あら、もう用は済んだの?」


「は、はい。放ったらかしにして申し訳ございません」


「気にしないで。待つことも魔女の修行だから」


 いやまあ、魔女は好きなことには寛大だけど、興味がないことには短気だけどね。わたしも勝負事には気が短くなるんだけどね。


 ……わたしもボードゲームをするまで知らなかったわ……。


「あの、若奥様が少しお話がしたいそうで、よろしいでしょうか?」


「ええ、構わないわ」


 挨拶しないってのもなんだしね。会いたいと言うなら喜んで、だ。


「あ、会うなら魔女の姿のほうがいいわね。これでは戸惑いを受けるでしょうからなね」


 幻影を解き、魔女の法衣へと戻した。あ、外套と帽子は外したままでいっか。家の中だしね。


 ミルに案内され二階へ。北側にあったミデリオ様の寝室ではなく、南側の部屋へと向かい、寝室と思われる扉を叩いた。


「若奥様。魔女様をお連れしました」


「どうぞ」


 若い声。だけど、なんとも沈んだ声だこと。これはかなり気落ちしてる感じね。


 中へと入ると、寝室と言うより居間と台所が合体したような部屋で、一つの家とも言える造りだった。騎士の家ってみんなこうなの?


「初めまして。バルディルの妻、マイリアと申します」


 やつれてはいても騎士の妻らしく毅然とするマイリア様。逆に痛々しく見えるわね……。


「大図書館の魔女、ライラです。食を書に残すために旅をしています。短い間ですが、名を覚えていただければ幸いです」


 こちらも大図書館の魔女に相応しい態度で挨拶を返した。


「歓迎します、魔女様。どうぞ」


 元は高級なテーブルと椅子へと勧められて席に着いた。


 すぐにミルがお茶を出してくれた。今回は白茶じゃなく豆茶だった。これは若奥様の好みかな?


 豆茶を一口飲み、若奥様を見る。


「不妊のことですか?」


 単刀直入に尋ねた。なんだか話始めるまで時間がかかりそうな気配だからね。


「……はい……」


 貴族社会で跡取り問題は見習いの耳にも入ってくる。深刻だとも聞く。けど、それがどれほどのものかは実感してない。大変なのね~ってくらいだ。


 けど、若奥様を見て、その実感がちょっとだけ持てた気がする。不妊問題はここまで人を追い詰めるものなんだね……。


「ミデリオ様からは聞きましたか?」 


「……魔女の力を借りるとだけ……」


 説明下手か! いや、なにをするか教えてないから説明なんて無理か。そりゃわたしが呼ばれるよね。


「大図書館の秘密に関わることなので詳しい説明はできませんが、これまでの検証から不妊は治るでしょう。ただ、まだ未熟な治療です。若奥様に多少なりとも痛みを与えるかもしれません」


 どうやるかはわたしもわからない。わたしは専門外だしね。


「……治るのですか……?」


「高い確率で治るとは思います。まだ失敗例に当たってないので」


 ただ、不妊な若奥様を命を失わせず壊せるかが問題なんだと思う。あの薬も絶対ではないらしく、元から壊れていたりなかったりすると薬の効果は発現しないらしいからね。


「……不妊が治る……」


 陰っていた表情に少しだけ明るさが戻った。


「わたしは管轄が違うのではっきりとは申せませんが、今から気力と体力はつけておいたほうがいいですよ。何事も気力体力が大切ですからね」


 時の運はミルが運んできた。若奥様は気力と体力をつけることに集中するべきでしょう。


「あと、もう少し肉をつけていたほうがいいですよ。バルディル様がやつれた姿が好みと言うなら別ですが」


 魔女にもそれなりに性欲はあるし、異性に興味を持ったりもする。生憎とわたしにはそう言うのがないから少ししか理解できないけど、男女間の色恋は見ている。男のほとんどは胸が大きくて肉づきのよい女性を好むわ。


 ……わたしの体はステータスで希少価値らしいわ……。


「大図書館も偉い人たちが集まって会議をしてから動くと思いますから、それまでよく食べてよく眠りよく動くといいですよ」


 村人さんと関わってから迅速に動くようになったけど、用意や決め事、誰が当たるかを話し合っているはず。五日、いや、二日か三日でやってくるでしょうよ。


「わたしは、その、ダメでしょうか?」


「そのときは媚薬を用意しますよ。よく依頼されますから」


 媚薬は昔からあり、見習い時に作ったこともある。念のため持ってきてはいるよ。


「いえ。よく食べてよく眠りよく動きます!」


 なにやら決意の若奥様。なにか奮い立たせるようなこと言ったかしら?


「ミル。買い物に出かけます!」


「は、はい! すぐに用意致します!」


 そう言うと部屋を出ていく二人。わたしら残されてポカーンである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る