第9話 騎士の家

 ミデリオ様との会談が終わり、ミルが部屋を用意してくれた。


「立派な部屋ね。客室?」


「はい。重要なお客様がきたときにお泊まりいただいてます」


 重要なお客様じゃなくて申し訳ないけど、せっかく用意してくれたのだからありがたく使わせてもらいましょう。


「夕食まで時間があるから庭を見せてもらえる? ただ部屋にいるのも暇だしね」


 書に記するのは夜で充分。明るい時間は世界を見ることに注ぎましょう、だ。


「あ、庭だけじゃなく家の中も見せてもらえると助かるわ」


 見れるなら屋根裏まで見せてもらいたいくらいよ。


「あの、その、お願いしておいてなんなのですが、周囲の目があるので、その──」


「そうだったわね。魔女がいたら周りから変な目で見られるわね」


 魔女の格好は目立つ。あの家は魔女を家に呼んでよからぬことを、なんてことがあるかもしれない。貴族社会では悪い噂が立てらるのを嫌うみたいだしね。


 大図書館では人の性格、考え、行動と言う精神学、民族学を探究している先生もいる。旅に出るならと民族学の先生から教えを受けた。そこで騎士の社会も教えてもらったわ。


「では、衣装を変えましょう」


 別に魔女服でいなければならない決まりはない。必要があれば服を代えることもある。留学先では農作業服、町服、礼服、メイド服、水着と、いろいろ着たものよ。今さら使用人服くらいなんら抵抗もないわ。


 魔女の法衣は普通の布では作られてない。法縫師と呼ばれてる魔術師が作ったもので、まあ、いろいろ機能はあるけど、糸の移動で法衣を使用人服に似せ、幻影の魔法で色をつければ魔女とは思えない姿にあら変化。帽子を取れば魔女とは思われないでしょうよ。


「これならいいでしょう?」


 くるんと一回転。顔や髪色も変化させた。


「…………」


 驚くミルにウインクする。


「さあ、家を案内してちょうだい」


 ミルの肩をつかんで回れ右させ、客室から出た。


「あ、まずは厨房を見せて。と言うか、食事はミルが作っているの?」


 人の反応が館の外にあり、館内は三人だけ。ミデリオ様、ミル、そして、不妊の女性だ。


「いえ、いつもは料理人が作っています」


 ってことは、この弱々しい気配は若奥様で決定ね。


「ミルはなんの仕事を?」


「掃除です。あとは、細々したことをやっています」


「この館からして他にも雇っている人はいるの?」


「はい。あと四人います。その方々も休んでいます。旦那様が宮殿警備のときは泊まり込みですので、そのときに使用人は休むんです」


「休むと給金が減るんじゃない?」


「他の家に手伝いにいく方もいます。ワルテル街は騎士の街なので、忙しかったり暇だったりが激しいのです。そこで暇な使用人が応援し合っているんです。信用のない者を家になど呼べませんから」


 へー。そう言うのがあるんだ。だから、噂になると困るのね。人の口に戸は立てられない、だったかな? なに気ない会話から他家の事情が流れちゃうしね。


 厨房に到着し、若奥様がくる前に写真に収めさせてもらう。


「ラウルス家の厨房は大きいほう?」


 わたし的には小さいような気がするんだけど。と言うか、厨房ってより台所じゃない?


「いえ、小さいです。ここは、使用人たちの厨房なので」


 ん? 使用人の厨房? え? ミデリオ様たち用の厨房があるってこと?


「わ、分ける必要があるものなの?」


「はい。旦那様が帰ってきたときは若奥様が作りますので」


「騎士の奥様が作るの? 料理人の仕事じゃないの?」


 あれ? 先生から学んでないことが次から次と出てくるんですけど!


「すべての家が、と言うわけではありませんが、騎士を支えるのが妻の役目みたいな風習は根強く残っているんです」


 へー。そんな風習があるんだ。これは書き留めておく事象ね。

 

「料理人がいないときはミルが作るの?」


「はい。と言っても材料がないので大したものは作れませんが。本当はわたしも休みだったので」


「食材は料理人が買いにいくの? 誰か運んでくるの?」


「大きい家は贔屓にしている商人が運んできますが、ラウルス家では買いにいきます。ここからだと市場が近いので」


 お、市場があるんだ。ちょっと見にいきたいわね。


 なんて考えてたら鈴が鳴った。魔鈴まりんが仕掛けてあるんだ。


 魔鈴とは使用人を呼ぶもので、大図書館でもいたるところに仕掛けられてるわ。


「すみません。大奥様が呼んでいるので失礼します」


 そう言うと厨房を急いで出ていってしまった。


 では、その間に厨房拝見させていただきましょうか。おっと。下品とか言っちゃいけませんよ。これは騎士の暮らしを知るための行為。崇高な学術調査です。

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