第8話 魔女の契約
「……あなた、変わっているわね……」
「魔女は大概変わっていますよ」
色濃い諸先輩からしたらわたしなんてモブ(そこにいるけど、記憶に残らない存在って意味らしいわ)みたいなもの。村人さんがつけたあだ名、そばかすだったし。
……身体的特徴がそばかすしかないって、わたし、そこまで特徴ないのかしら……?
「ふふ。そうね」
少し、警戒が消えたようで、表情が緩んだ。
「ミル。お茶をお願い」
「はい、大奥様」
ミデリオ様に席を勧められ、古びた革椅子に腰を下ろした。
「この館をどう見る?」
「古びてますね。活気もありません。人も死んだように沈んでいますね」
「はっきり言うのね」
「魔女におべっかをお求めで?」
魔女にも礼儀はある。けど、求められてる問いに曖昧な答えは失礼だと教えられた。答えたくないのなら黙っていろ、だ。
「いいえ。はっきり言ってくれたほうが楽でいいわ。腹の探り合いはもう懲り懲りだわ」
貴族社会ではよくあるって聞いたけど、近衛騎士社会も腹を割って話せるところじゃないのね。なんでも……とは言えないけど、腹に思いを込めないていどには話せる魔女でよかった。
「魔女の知識を貸していただけるかしら?」
「わたしの知識で答えられることでしたら」
あなたの前にいるのは新米魔女と言うのをお忘れなく。
「娘に子ができないの」
「娘さんだと断定できる理由は?」
「……旦那の愛人にはできたわ……」
あらら。妾とか作るんだ。騎士の情事もドロドロなのね。
じゃあ、弱々しい魔力の気配は娘さんか。かなり参っているようね。
「娘さんは、月のものはちゃんとありますか?」
「……最近は心が沈んでいてないわ……」
それはまではあったってことね。
「子ども頃、高熱が出たこと?」
「ないわ」
「大人になってからは?」
「……あったわ。危うく死にそうになるくらいの熱が……」
可能性が出てきたわね。
「不妊にはいろいろあります。肉体的精神的様々です。魔女も医学を学ぶ者がいますが、まだまだ未熟な知識です。わたしも出産に立ち会う機会がありましたから学びました。なので、はっきりとは言えませんが、おそらくその高熱で妊娠できない体となったのでしょう。体温が四十度。人の体温はそれぞれですが三十六度が平熱。三十七度も出れば体の不調が出るでしょう。四十度にもなれば死ななかったのが奇跡でしょう」
魔女は人の体をわかっているようで全然わかってなかった。体温、心臓の動き、呼吸、目の充血、肌の色と、当たり前のことにまったく目を向けなかったのだ。
医者ですら目に見えることでしか判断せず、体温を計る機器すら生み出してなかったものよ。
「……治す方法は……?」
「今の技術ではありません。が、裏技を使えば、もしかすると、ですね」
これは大図書館でも書に残してないこと。まだ確証に至ってないものだ。在庫管理部(暗部ね)でも検証している段階とウワサに聞いてるわ。
……これは、ミレンダかミサリーの領分ね……。
「それを話した理由はなんなの?」
「ただ、裏技はあると言うことだけです」
魔女は誘惑誘導することはあっても強制はしない。いや、未だに誘惑誘導させておいて強制じゃないってなんなんだよって思うけどね。
「その裏技は、望めば使わせてもらえるの?」
「魔女と契約を交わしていただけるのなら」
大図書館自体が暗部なところがある。世間に言えないことがたくさんある、らしい。新米に知らされることはないのです。
「使わせて欲しい。魔女と契約しましょう」
後継者がいないって大変ってはよく聞くけど、魔女にもすがる思いなんだね。こうして向かい合わないと実感が持てなかったわね。
「少しお待ちを」
収納鞄から魔法紙を出し、魔女と契約したい者がいると書き留める。
「ここに名前をお願いします。あ、これは契約書ではなく申請書です。契約はわたしの権限ではできませんので」
魔法紙をミデリオ様に差し出し、魔法のペンで名前を書いてもらった。
「その裏技は、どれほどのものなの?」
「詳しいことは話せませんが、先天的病気を治したことはありますね」
わたしは報告書を読んだだけなので詳しくはわからないけど、魔力欠乏症のララシーが治ったとか。超回復薬の検証、いや、検体を大図書館は求めている。不妊の検証も欲しているでしょうよ。
名前を書いてもらった魔法紙を燃やすと、内容が大図書館へと飛んでいった。
「魔女の炎紙か」
「随分と魔女に詳しいのですね?」
「仕事でな」
とだけ。触れちゃいけないサンクチュアリってヤツね。了解了解。
「近く、大図書館から使いがくると思います。担当の者の指示に従ってください。秘密は守られますので」
ミデリオ様も大図書館も秘密事をやるのだから漏れないように致します。
「あなたにどう礼をしたらよいかしら?」
「では、一晩の寝床と食事をお願いします。騎士伯の暮らしを知れる機会なので」
騎士と会えることはあっても騎士の暮らしを見れることはなかなかないでしょう。この機会は逃せないわ。
「あまり一般的な騎士の暮らしではないと思うわよ」
「知識は一つでも多いことに越したことはありませんよ」
一般的ではないと言うなら一般的でない暮らしを見せてもらうだけ。たくさん知らなければ差はわからないものよ。
「フフ。魔女とは勤勉なのね」
「好きなことを好きなだけやる変人なだけですよ」
ミデリオ様の微笑みに、わたしも微笑みで返した。
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