第7話 縁は異なもの味なもの

 これから向かうところはラウルス家と言う、騎士伯の家らしい。


 騎士伯。帝国では男爵の下の地位になるだろうか? わたしもどのくらいの地位か理解してないところがあるけど、ラウルス家は代々近衛騎士を拝命しているとかなんとか。


 ……近衛騎士よ、なにする人ぞ……?


 帝国の社会体制は習ったけど、見習いには貴族や騎士など遠い世界の出来事。関わらなければ復習しようとも思わないわ。


 辻馬車に揺られて一時間弱。ワルテルがい四十八番区と言うところに到着した。


「ここは、騎士伯の方々が多く住むところです」


「騎士伯って結構いるものなのね」


 大きなお屋敷がズラリと建ち並んでいる。なんだか有り難みがなくなるわね。


 帝国の人口を考えたら貴族も万単位でいる。騎士伯の価値ってどんなものなのかしらね?


 ラウルス家は、停留所から歩いて三十分。周りからしたら年季の入った館に到着した。


 古さからして歴史がある館なんだろうけど、そろそろ建て替えしたほうがいいんじゃない? 古い建物って維持するのが大変と聞いたことあるわ。


「魔女様、こちらです」


 と、館の裏へと向かった。


 まあ、ラウルス家からお誘いされたわけじゃなく、ミルの独断だしね。正面からは入れないか。


「すみません。こんな失礼をしてしまって」


「気にしなくていいわよ。騎士伯の暮らしを見れてるしね」


 お客として正面から入れば裏を見れることもなかった。その家の暮らしや 事情知るならこういう裏を見たほうがよくわかるってものだわ。


「少しお待ちください」


 使用人が使う部屋に通され、白茶を出してくれた。


 白茶か。東の大陸で飲まれるお茶で、昔から貴族に愛されていたものだ。


 ……ゼルフィング商会の品が騎士伯まで浸透してるのね……。


 帝国から見たら辺境にある国の商会が帝都に店を構え、東の大陸のお茶を売るって、よくよく考えると凄いことよね。


 まあ、実情を知る者としたりなんら不思議でもないんだけど、その勢いは呆れるほどだ。さすが公爵を友達と公言し、皇帝の弟とも関係を持っている村人よね。いや、なんの村人だよ! って突っ込みたいけどね。


 お茶菓子がないので、持参したお茶菓子箱を出してクッキーを頬張った。うん。美味し~い。


「長いことかかるわね?」


 もう少しでお昼。昼食の用意をする気配がない。と言うか、この館、異様に人の気配がないわね。並み以上の魔力の気配が二つ。微かなのが三つ。他は感じられない。この館なら十人いても少ないと思うんだけどな~?


 お菓子箱を仕舞い、朝から今までのことを紙に写した。


「魔女様。お待たせして申し訳ありませんでした」


 しばらくしてミルが戻ってきた。説明に時間がかかったようね。


「ううん。ちゃんと説明できた?」


「……はい。なんとか」


 あまりできなかったときの返事ね。


「あの、大奥様に会っていただけないでしょうか?」


 大奥様? 子ができないうんぬんなら奥様、ではないの?


「ええ、いいわよ」


 なんにせよ、詳しい事情は会ってからねと、ミルのあとに続いて部屋を出た。


 裏から表に出ると、なかなか立派な調度品が揃っており、壁も意外と綺麗だった。見える場所は綺麗にする感じね。


 二階へと上がり、寝室と思われる扉をミルが叩いた。


「大奥様。魔女様をお連れしました」


「入りなさい」


 声からしてかなり年配な感じね。魔力は強そうだけど。


 失礼しますと扉を開いて中へと入った。


 そこにいたのは老婆──と言ってしまうのが失礼なくらい背筋がピンとしてて、今でも現役な感じの立ち振舞いである。


 ……確か、近衛騎士って女性もなれるものだったっけ……。


「魔女様。こちらはラウルス家ご当主、ミデリオ様です」


 男性の名前みたいね。


「初めまして。大図書館の魔女ライラです」


 貴族の礼も騎士の礼も知らないので、帽子を胸に当てて魔女の礼をした。


「本当に大図書館の魔女なのね」


 魔女の礼だけで大図書館の魔女と知るんだ。このご当主、かなり地位が高い仕事をしていたみたいね。


「大図書館の魔女が旅をするとはね。出不精の魔女と揶揄されるのに」


 ふふ。反論もしようもない適した表現よね。


「笑うのね」


「失礼しました。まさにその通りだったので」


 いけないいけない。顔に出してしまったわ。


「あなたは、どうして旅に?」


「この世にある食を書に残すために旅に出ました」


「食?」


 理解できないと顔をするミデリオ様。まあ、そうでしょうね。


「大図書館は知識を守護します。ですが、大図書館はその知識が一握りの知識でしかないことを知りました。世界にはわたしたちの計り知れない知識があると、一人の男性に教えられたのです」


 それは革新的。いや、世界を一変する知識だったわ。


「出不精を変えるほどの?」


「ええ。それほどの衝撃でした」


 一番衝撃を受けたのは館長でしょうね。百年以上、大図書館を出ることがなかった方が外へと意識を向けたのだから。


「わたしには器用ではありましたが、飛び抜けた才能がありませんでした。ただ、食べることが好きなだけの魔女でした。ですが、大図書館を変えた人はそれも才能だと教えてくれました。食を書に残すことの大切さを教えてくれました。世界を歩き、人と触れ、食を味わい、それらを残す。それがわたしの使命であり、ここへきた理由でもあります」


 縁は異なもの味なもの。人との関わりは食の関わりでもある。なら、人との縁は食へと繋がるってことだ。


「これが答えとなれば幸いです」


 ミデリオ様へとにっこり笑った。

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