夜の戦争 後編 2 「夜襲」




 「おい、立て」


 私の後ろの見えないところで、上官に殴られて幾分か元気の無くなった最初の男の声がした。

 腕を組んで膝まづいている私の後ろで起こった出来事だから、男たちの顔は私には見えていない。


 「着いてこい」


 私が立ち上がると、鉄兜を被り先に剣を着けた銃を両手で抱えた男が私の横を通りすぎて密林の奥に歩き出す。

 私の方を一瞥もせず通り過ぎる一瞬見えた横顔は随分と若く見える。髭ももじゃもじゃと言うほど生えてはいない。


 「早くしろ。遅れたら置いて行くぞ」


 そう言って足早に密林を掻き分けて行く。

 遅れないように私も着いて行く。

 新月で暗いのに、まるで見えているかのようにその若い男は進んでいく。

 私は「ひさちゃん」の光学センサーのおかげで足元が見えているが、獣道のようになっている部分を男は進んでいる。道を知っているのだろう。


 前を行く若い男を見る。後ろ姿で顔は見えないが、けっこう小柄な割にがっしりした体格をしている。


 「ごめんなさい、少し靴づれが出来て……」


 私がそう言って立ち止まると、男も仕方なしに立ち止まる。

 「ひさちゃん」の足元をいじっているふりをして、男の顔を確認する。


 ……やっぱり、多分、利用者の大沢さんの若い頃だ。大沢一等兵って上官らしき人物の声が言っていたからもしかしてと思ったけど……やっぱりここは利用者の大沢さんの見ている夢の幻影の中なんだろう。

 かなり突飛だけれど、そうでも考えないとこの状況は理解できない。


 私は足元をいじるふりをしながら、大沢さんに話しかける。


 「大沢さん、彩玉県の波浮町のご出身ではありませんか」


 私がそう尋ねると、無表情だった男の顔に驚きが浮かぶ。

 若い。えーっと2025年に99歳だから、今って何年? 何歳?

 でも多分、従軍経験があるって利用者情報にはあったから、その頃の、戦時中の夢の中。

 何一つはっきりわからないけれど、大沢さんがこの現象に関わっているのは間違いない。

 他に思いつく関連性が何一つない。


 「私、遠い未来の大沢さんにお会いしたんです。私がお会いした時の大沢さんは99歳のおじいちゃんでした」


 大沢さんは黙って銃を私に向ける。

 そりゃあ、得体の知れない女が突然そんなことを言い出したら警戒するだろう。

 でも、この状況を何とかしてくれそうな人は大沢さんしか私には思いつかない。

 私は立ち上がって大沢さんに訴えた。


 「大沢さん、多分ここは大沢さんが見ている夢の中なんです。大沢さんが目を覚まして下されば私は元の場所に帰ることができるんです。お願いです、目を覚まして下さい」


 大沢さんはジリッ、ジリッと私から距離を取る。


 「貴様、スパイかと思ったら気が触れているのか! 物の怪の類か! 何たることだ、物の怪に誑かされるとは! 夜襲に間に合わんではないか!」


 私の背後で爆発音が幾つも聞こえ、それを合図にわーっという吶喊の声、パン、パンという炸裂音。

 night attack! fu×kin, Jap! shoot!という怒鳴り声が微かに聞こえ、タタタタタン、タタタタタンと複数の銃撃音が聞こえてきた。


 「どけっ!」


 大沢一等兵は、突然私に体当たりし銃で横に突き飛ばすと、銃声や炸裂音の聞こえてくる、元来た方向へと走り出す。


 大沢一等兵は戦闘に加わる気なのだ。


 突き飛ばされた私は、ぐしゃぐしゃした草叢の中に倒れた。


 ここが大沢さんの見ている夢の中なら、このまま大沢さんを行かせても大丈夫なんじゃないか、と言う考えが私の脳裏を掠めた。過去の出来事の夢ならば大沢さんは戦争を生き残って私たちの老人保健施設に入るまで長生きしている。


 だけど、もし万が一大沢さんが戦闘で亡くなってしまったら?

 ここが夢の中だとしても、夢の中で死を体験したら現実でも大沢さんが息を引き取る、なんてことになる可能性はあるんじゃないだろうか。

 夜間の睡眠中に原因不明でポックリと亡くなる高齢者は一定数いる。


 もしそうなったら、私は戻れるのだろうか?

 大沢さんの夢の中で、このままどこだかわからない密林の中で取り残されたりしないだろうか……


 大沢さんを探そう、とにかく近くにいるべきだ。

 そうじゃないと、何が起こるかわからない。


 私も大沢一等兵が走っていった後を追いかけた。

 最初に見えた光を打ち上げている場所がアメリカ軍陣地で、今は打ち上げている光の他に何か瞬間的な発光が発砲音とともにチカチカしている。

 あそこで戦闘が起こっているようだ。

 大沢さんの影がその光で見えると思っていたが、どこを進んだのか私は大沢さんを見失ってしまった。


 私はとにかく明かりの上がっているところを目指した。

 途中であまり立って近づきすぎると見つかって撃たれてしまうかも知れないと思い、屈みながらゆっくりと密林の途切れるところを目指す。

 幸い密林の下草は高く生い茂っており、身を隠すのにちょうど良い。


 密林が途切れたところは広場の様になっており、土嚢が積み上げられた場所の手前に鉄条網が張り巡らされている。多分アメリカ軍の陣地だ。

 打ち上げている明かりは照明弾なんだろう、辺りを照らし、陣地に近づく者を照らし出し続けている。


 あまり正面から近づきすぎるといけないと思い、広場から10m程奥をゆっくり広場の縁に沿うように迂回し遠ざかる。


 私がアメリカ軍陣地の様子が見える場所まで移動してきた時には、その陣地に夜襲をかけた日本軍の殆どは全滅していた。

 僅か十数分。ここを夜襲した部隊はそれほど人数が多くなかったようだ。

 遠くで爆発音が連続で聞こえてくる。

 多分、遠くで戦闘している日本軍部隊が本命で、ここを攻めた日本軍部隊は囮だったのだろう。

 所々鉄条網が破れている。日本軍の爆弾だか手榴弾だかで土嚢も崩れているところがある。

 その付近には日本軍の死体が数えきれない程転がっている。

 陣地の破れたところに機関銃が数門据え付けられ、銃撃音を響かせながら辺りを薙ぎ払っている。

 地面に転がった日本軍の兵士のうちまだ息のある者が、手榴弾を機関銃座に向かって投げようとした瞬間に機関銃で薙ぎ払われて、転がった手榴弾がその辺りで爆発する。


 地獄絵図だ。

 私はそんなところに飛び込むつもりは当然ない。

 とにかく大沢一等兵を探して、その近くに潜めれば。出来たら安全そうなところに連れ戻したい。


 まだ、生きていて。


 でも、あんなに直情的なら突っ込んで行って撃たれてしまっているかも知れない、と最悪なことを思ってしまった。


 生き残った日本軍は突撃でこの陣地を突破することを諦めたのか、所々で散発的に銃を撃ち返している。

 アメリカ軍の歩兵の小銃は数発一度に銃撃音がするのに、密林から打ち返す日本軍の歩兵銃は単発。

 これでは敵う訳がない。


 大沢一等兵の上官らしき人が、この夜襲は上層部からは中止するように言われていたのに現場の指揮官が強行したと言っていた。

 敵うはずないってわかっていたのに、何でそんな命を無駄にするようなことを。

 大体上官が、若いからまだ死ぬなって温情をかけてくれたのにそれを無駄にするように戦場に戻るなんて、若い頃の大沢さんはどれだけ意地っ張りで命を粗末にするんだろうか。


 「Why do jap like night attacks so much?《なんで日本人はこんなに夜襲が好きなんだ?》」

 「I don't know. Don't you know that if you raise the lighting bullets so much, you can see the whole thing?《知らねえよ。照明弾を上げてんのに、意味ないってわかんねえのかな?》」

 「The Japanese army here is quite over, right?《結構ここらの日本軍は掃討終わっただろ?》」

 「Leave the mopping-up force of the jungle, and head to the siege of the Jap who broke through the third base.《ジャングルの掃討戦力以外は、第三陣地を突破した日本軍の包囲に行けってよ》」

 「comprehension. Let's leave this place to Joey's squad.《あいよ。ジョーイのチームにここは任せて行くぜ》」


 アメリカ軍陣地から銃声に紛れて何か大声で会話しているのが聞こえる。英語だから何を言っているのかはさっぱりわからない。


 アメリカ軍の機関銃の銃撃音が少なくなった。


 それを機と見たのか、密林から鉄条網の破れ目に飛び込もうとする命知らずの日本兵が何人か密林から飛び出した。


 その中の一人に大沢一等兵の姿が見えた。

 私は一直線に明かりが見える方向へと進んできたが、大沢一等兵はアメリカ軍陣地を迂回して奥に進もうとしていたのかも知れない。アメリカ軍陣地の銃声が大人しくなったのを見て、突撃しようと考えを変えたのだろう。

 大沢一等兵は私が潜んでいる密林の前の開けた場所を走って来る。

 私の目の前を通り過ぎようとする大沢一等兵に、私は密林から飛び出してタックルした。


 転がった私と大沢一等兵に、アメリカ軍兵士の自動小銃が火を噴いた。

 私は大沢一等兵を庇う様に射線に体を入れる。

 自動小銃の銃弾を受けた「ひさちゃん」の左腕と、胴体に穴が開く。

 けっこう距離はあると思ったのに、「ひさちゃん」のポリウレタンの表面と外骨格の強化プラスチックは銃弾を受けると穴が開いた。

 銃弾を受けた「ひさちゃん」の肩から先の左腕が動かず、胴体内のホログラム投影装置が破損したのか、「ひさちゃん」のホログラムが不安定になる。

 大沢一等兵は「ひさちゃん」が庇ったので胴体への被弾はなかったが、左大腿部に小銃弾を受けてしまって走れそうにない。


 「大沢さん、ごめんなさい!」


 私はそう言うと、申し訳ないが大沢一等兵を右腕で曳きずって、更に左腕と胴体に1発ずつ銃弾を食らいながら何とか密林の中に大沢一等兵を引きずりこんだ。

 他の日本兵が数人、果敢に撃ち返してくれていたので逃走する時間ができた。

 大沢さんの幻影の中の人達だが、あの人達が命を捨てた攻撃をしてくれたおかげで密林に逃げ込めた。幻影なのだろうけど感謝と申し訳なさの混じった、何とも言えない気持ちで一杯になった。


 密林の中を更に奥に。

 大沢一等兵が持っていた小銃は銃撃された場所に落としてきてしまっている。

 アメリカ軍兵士の追撃がすぐには来そうもないところまで移動し、木の根元に大沢一等兵をもたれ掛からせた。

 大沢一等兵は左大腿部を撃たれた苦痛で顔を歪ませている。


 私の方もかなりの距離を動き回ったせいか、普段夜勤をしている時は充分にもつ「ひさちゃん」の全個体型電池の充電残量が残り少なくなってしまっている。大沢さんの見ている幻影の中なのに、妙な所がリアルだ。


 「貴様、余計なことを……」


 大沢一等兵は左大腿部の銃創の痛みに耐えながらも、私をなじろうとする。


 「せっかく大沢さんの上官が生き残るように配慮して下さったのに、わざわざ死にに行こうとする気持ちが私にはわかりません! 無駄死にです!」


 私も戦場の恐怖に耐えるために気持ちが高揚しているのだろうか、いつもなら使わないような強い言葉で言い返す。


 「貴様のような物の怪に何がわかる! ここグアムが陥落したら、日本本土は敵爆撃機の脅威に晒されてしまうのだぞ! 奴らは自分の利益のためなら他民族を殺すことをためらわんのだ!」


 ここはグアムなのか。今頃になって知る。


 「大沢さんも本土に守りたい方がおられるのですね」


 「当然だ! 故郷に残してきた父母、祖母、それに……幼なじみで将来を約束した許嫁がいる。守れずして男子と言えるものか……そのためにわざわざ志願して入営したのだ」


 私は太平洋戦争中の軍隊のことは殆ど知らない。何となく全員召集令状で嫌々集められた人が無理やり戦わされていた、そんなイメージを持っていた。

 大沢さんの様に自ら志願した人、というのもいたのか。


 「大沢さんのように、家族を守りたいって気持ちで自ら戦っておられた方がいたなんて、私知りませんでした。皆内心嫌々だけれど上官や周りの人たちに強制されて戦っていたんだって思ってました」


 「貴様、兵を愚弄するにも程があるぞ。周囲の期待に応えよう、そういう意気をそのような言い方で貶めるな! そもそも軍は、兵が勝手に自分の判断で動いて良いものではない! 上官の指示に従って命を賭けねば敵は打ち破れんのだ!」


 「大沢さん……上官の方が生き残れって命令されてたじゃないですか……あの方の気持ちと命令は無視してもいいんですか」


 「くっ」


 「大沢さんが、例え何があっても生き残って下されば、ご家族の皆さんも、許嫁さんも、例え形は違ったとしてもきっと守ることができますよ。ここで意地を貫く、そのためだけに死んでしまったら、後に残された人を誰が守れるんですか。

 泥を啜ってでも生き残って、皆さんを守ってあげて下さい」


 「……」


 大沢さんは無言で顔を歪めている。

 傷が痛むのだろうか。

 それだけではなく、私の言葉が少しでも届いたと、そう思いたい。


 大沢さんの撃たれた傷を確認する。

 大沢さんの左大腿部の傷は、ちょうど正面から大腿骨に銃弾が当たって大腿骨に銃弾が食い込んでいるようだ。骨も折れているだろう。幸い大腿動脈には当たっていないようで噴き出すような出血は見られない。

 例え幻影の中だろうと、手当はした方がいいだろう。


 「怪我の具合は、傷口から出血していますが動脈は逸れているようですぐに止血点を縛って止血する程ではありませんね。銃弾が骨に当たって止まっていて、骨には最低ひびが入っているみたいです。とりあえず応急処置はしましょう」


 私は大沢さんに怪我の状態を伝えると、骨折を固定する添え木になるものを辺りに探しに行く。何となく使えそうな木を2本拾って来る。


 「大沢さん、何か包帯みたいなものって持ってませんか」


 看護師の「けいちゃん」なら、簡単な処置のために包帯やガーゼ、ピンセットに消毒薬なども携帯しているが、私の「ひさちゃん」には、手指消毒用のアルコール消毒液を腰に付けているだけで、清潔な布類はない。


 「背嚢に、手ぬぐいが入っている……」


 大沢さんの背嚢を大沢さんの背から下ろし、中を見ると昔の手ぬぐいが数本と、白い布に沢山の赤い糸で結び目を作った物が入っていた。


 「大沢さん、これは?」


 「……千人針だ。弾避けの願掛けだが、やはり身に着けていないとご利益りやくがないものだな……南方では肌身に着けていると蒸れて潰瘍の原因になると先任伍長殿が言っていたから着けずに背嚢に忍ばせていたが……」


 その千人針は、中に何か小銭でも縫い込まれているようだ。

 昔はこうして出征した人の無事を祈ったのか。


 「大沢さん、せっかくあなたのことを思ってくれた人が作って下さったものですから、肌身離さずとは言いませんが、ポケットにしまっておいて下さい。

 それと、この手ぬぐいを包帯代わりにしようと思いますが、私は左手が動きませんので大沢さん、破いて二つにするのはお願いします」


 そう言った私の様子を大沢さんはしばしの間じっと見ていたが、私の差し出した手ぬぐいを受け取る。

 投影装置の不備で明滅している「ひさちゃん」のホログラムのほのかな明かりを頼りに、大沢さんは私に言われた通り手ぬぐいの端を口で咥え、破く。

 光学センサーで周囲を見れている私と違って、光源がないと手元が見えない大沢さんだが、複雑な作業ではないので然程時間はかからない。

 縦に破いた手ぬぐいを縛って長い1本の包帯状にしてもらう。

 それを2本作ってもらい、包帯はできた。


 こうした野外での外傷の場合、怖いのは失血死と感染症だ。

 銃弾が動脈に当たっていないので出血はあるものの、多量ではない。足の付け根の止血点を圧迫する必要はなさそうだ。止血点を締める止血法だと、長時間大腿部の血流を止めてしまうので止血した先の神経に異常をきたしたり組織が壊死したりで最悪治療を受けた時に切断することになりかねない。

 感染症対策は、結局こんなところでは、洗浄と消毒しか行えない。

 しかし一つ、悩むことがあった。

 銃弾だ。

 銃弾に病原菌が付着している可能性と、銃弾の金属が体内に流出する可能性がある。



 「大沢さん、銃弾を取り除きますがよろしいでしょうか」


 本来なら素人がそんなことをする必要はない。

 むしろ銃弾を取り出そうとすることで他の組織を傷つけてしまう可能性だってある。

 だけど、ここは熱帯の密林。

 どんな感染症が潜んでいるかわからない。

 それに捨て石のような夜襲をかけたこの場所に、味方の日本軍が救援に来る可能性だって低く、すぐに適切な創傷処置が受けられる筈もない。


 「……やってくれ」


 大沢さんはそう言うと、私の左腕が動かないことが判っているので、自分で銃創周辺のズボンの布を破いてくれた。


 私は腰に付けた手指消毒用のアルコールで「ひさちゃん」の手指を消毒し、銃創付近にも手指消毒用アルコールを振りかけて消毒しようとしたが、その前に大沢さんに、余った手ぬぐいを差し出す。


 「何だこれは」


 「アルコールで傷を消毒しようと思いますが、直接掛けるのでかなり沁みると思います。声を抑えていただくのにタオルを噛んでもらった方がいいかと思いまして」


 「いらん、その程度の痛みなど耐えられる」


 「そうですか、なら遠慮なく」


 私は銃創周辺に手指消毒用アルコールを何度も何度もたっぷり噴霧した。

 銃創付近の汚れが流される。それを手ぬぐいで拭く。

 大沢さんはグッと歯を食いしばって耐えている。


 もう一度「ひさちゃん」の手指を消毒し、私は銃創に「ひさちゃん」の右手人差し指を突っ込んだ。


 銃創は「ひさちゃん」の人差し指よりもやや小さい。

 大沢さんは「っぐぅ」と声を必死で抑えている。

 銃弾が「ひさちゃん」の人差し指の先に触れる。

 それ程深い位置ではない。

 私は「ひさちゃん」の右手人差し指の吸引器で銃弾を指先に引き付けるために吸引を開始した。直接指先に銃弾を吸引力で引きつけ取り出すため、内蔵のカテーテルは使用しない。


 キュイーン


 そのまま銃弾を取り出そうとして指を少し引くと、銃弾は指先から外れてしまう。

 通常の痰等の吸引の吸引圧では、銃弾を上手く引きつけられない。

 吸引圧を最大にしてやってみるしかない。私は吸引圧を最大に上げる。

 「ひさちゃん」の明滅していたホログラムが消える。

 同時に「ひさちゃん」のバッテリー残量を警告する情報と警告音が私に感じられた。

 吸引圧を上げるのがバッテリーに負担を掛けているのか。でも乗りかかった舟だ。やるしかない。


 ギュイーン!


 今度は上手く銃弾が指先に着いている。

 そのまま指先と一緒に、銃弾が外れないように注意しながら、ゆっくり銃弾を抜き取る。

 銃弾を完全に体外に取り出したのを確認し、吸引を止めると、大沢さんの血に塗れた銃弾は「ひさちゃん」の指先から離れ、地面にポトリと落ちた。


 「ひさちゃん」のホログラムが復活する。が、消えている間隔が吸引前に比べて長くなっている。バッテリー残量警告音が私の頭の中でずっと響いている。


 私は応急処置を続けるために「ひさちゃん」の指先に付着した血を手ぬぐいで拭き取ろうと思ったが、片手だとどうしても指の間が上手く拭き取れない。

 後回しにしてガーゼ替わりに創部に当てる手ぬぐいを手指消毒用アルコールで消毒しようと思ったら、大沢さんが「貸せ」と言って手ぬぐいを取ると、ホログラムが一瞬点く時を狙って、「ひさちゃん」の指の間の血を丁寧に拭ってくれた。


 「ありがとうございます」


 私はお礼を言った。

 頑固な若い頃の大沢さんが、そんなことをしてくれるとは思わなかったので、少し意外に思い大沢さんの顔をつい見つめると、大沢さんはプイっと顔を横に向ける。


 「助けてくれている者を無下にできん。それに困っているなら、出来る者が助けるのは当たり前だ」


 とボソッと言った。

 単に頑固という訳ではない。

 真っ直ぐで、自分の内面を素直に出すのが苦手なだけなのかも知れない。


 「すみません。私も左手を動かせないので、添え木をして包帯がわりの手ぬぐいを巻くのは手伝っていただかないといけません」


 私はそう言って、大沢さんの左大腿を挟む2本の添え木を「ひさちゃん」の胴体と右手で挟んだ。

 ガーゼ替わりの手ぬぐいを創部に当てて添え木ごと包帯を巻くのは大沢さん自身にやってもらった。


 とりあえず一安心か。

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