全裸ダッシュ
青水
全裸ダッシュ
最近、ある種の人々の間で流行っている遊戯がある。それは『全裸ダッシュ』だ。その名の通り、全裸でダッシュする――ただそれだけのことである。
場所はその時々で変わるが、人気のない住宅街や夜の公園のことが多い。商店街だと人が多いので難易度がぐっと上がる。
ダッシュの距離は適当である。一応、スタート地点とゴール地点を設定して、そこを駆け抜けるのである。
全裸なので通行人に通報されれば、わいせつ物陳列罪か何かで捕まってもおかしくはない。実際、捕まった同胞もたくさんいる。
全裸ダッシュを行うことで得られるのは、日常生活では得られない解放感と充実感くらいだ(露出狂の場合は欲求を満たすことができるのかもしれないが)。
捕まった場合には、社会的地位や仕事や家庭など、あらゆるものを失う。しかし、男たちは全裸ダッシュを行う。彼らは全裸という原始時代回帰願望を満たすことに飢えているのだ。そして、病みつきになり魅入られる。
今日もまた、幾人かの男たちが全裸ダッシュに挑む。今回が初めての挑戦のニュービーや、三〇回以上行ってきたベテラン、数えきれないほどこなしてきたレジェンドなどなど――。
スタート地点となる狭い路地で、男たちは自らを縛り付ける服を脱ぎ、解放される。季節は冬、一般的にはクリスマスと呼ばれる日であるが、彼らにとっては関係ない。クリスマスだろうが、元日だろうが、ゴールデンウイークだろうが、バレンタインだろうが、一般的な平日だろうがやることは同じだ。
「寒いですね……」
「ああ……もう冬だからな。だが、人々が厚着をする冬の全裸ダッシュのほうが、薄着の夏よりも背徳感があってすばらしいぞ」
「今日はクリスマスだから人が多いな……」
「今日は一年でも屈指の難易度だ。失敗すればすべてを失うが、成功したときの充実感はいつも以上だぞ」
「よし、そろそろ開始しましょう」
「一人ずつ行くか? それとも、全員でダッシュするか?」
「一人ずつだと二人目以降が警戒されて難しくなりそうだな……全員で行くべきだと俺は思う」
「俺もそう思う。同士諸君、ダッシュの準備はよろしいか?」
「ああ!」「おう!」「やってやるぜ!」……。
全員全裸で、靴は履きなれたスニーカー。本当は素足のほうがいいのだが、ガラス片などを踏みつけて怪我をする者が続出したので、今ではほとんどの者が妥協して靴を履いている。
「それでは、行くぞ!」
路地から通りへ出る全裸集団。そして、彼らは走り出す――。
通りにはクリスマスということもあって、カップルが多かった。二人だけのスイートな世界に浸っていたカップルたちは、全裸で走ってくる集団を見て悲鳴をあげた。
「はっはっはっは!」「嗚呼、圧倒的解放感!」「ストレス解消!」「俺の肉体をもっと見るんだ!」「ふうううううっ!」「最高だぜ!」……。
写真を撮られる前に駆け抜ける。警察に通報される前に駆け抜ける。夜の街に人々の悲鳴と怒号が溢れ、一つの音楽を形成する。
男たちは走る、ゴールへ向かって。
ゴール地点から路地に入り、事前に置いておいた服を着て、素知らぬ顔をして祝勝会をあげるのである。全裸ダッシュの後に飲む酒はいつもよりおいしく感じられ、心地よい酔いが体を満たすのである。
「さあ、もうすぐゴールだ!」
しかし、ゴール地点の前には警察官が一〇人以上立っていた。偶然居合わせたのではない。明らかに彼らを狙い撃ちするためだ。
「なっ!? どういうことだっ!?」
「通報されたにしても、来るのが早すぎる」
「くそっ! 散開して逃げるぞ!」
全裸男集団が散らばろうとした瞬間、
「全裸男ども、現行犯逮捕だ!」
警察官がチーターのような素早さで、全裸集団に襲いかかった。
彼らは全裸であり、武器等持っていない。それに、ただの素人であり、戦闘技術はない。柔道や剣道を嗜み、常日頃から体を鍛えている屈強な警察官に敵う道理はない、
全裸阿鼻叫喚。全裸ダッシュは失敗に終わり、男たちは現行犯逮捕されすべてを失った。
しかし、どうして犯行が露呈した? 一体、どこから全裸ダッシュ計画が漏れたんだ? 何者かが裏切って警察にチクったとしか考えられない。
手錠をかけられた全裸男たちのもとへ、一人の男がやってきた。彼は全裸ダッシュを土壇場でキャンセルした男だった――。
「貴様、この裏切り者がっ!」
「裏切り者? いやいや、違いますよ」
そう言って、男は懐から取り出した警察手帳を見せつけた。
「なっ!? 貴様、警察官だったのか!?」
「ふふふ。潜入捜査というやつですよ。お互いの身元を明かさなかったのが仇となりましたね」
「「「「「「「「「「くっそおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」
翌日の新聞の一面は、全裸ダッシュ集団の逮捕だった。このニュースが与えた衝撃は大きく、全国各地で発生していた全裸ダッシュの件数が一気に大きく減り、全裸ダッシュは廃れていった。
しかし、それでも全裸ダッシュに挑む猛者は少数であるが存在する。もしかしたら、あなたの住む街にもいるかもしれない――。
全裸ダッシュ 青水 @Aomizu
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