第70話 バールストン・ギャンビット 下
「聞かせていただきましょう、アルタモント卿。なぜこのような
「いいだろう。その前に少し説明を
「なるほど。僕にもわかる気がします。なぜ、探偵騎士団が僕とクリフ君に挑戦したか。そしてクリフ君をこれほどまでに
ノーヴェがラトを見つめる瞳は鋭く
その眼差しは
それは迷宮街を出る直前、二人を
クリフの元に、イエルクの姿を
ノーヴェの全身から体臭がしないのは、
ラトも変装という手段を使うが、これほどまでに
ラトにとって変装は手段でしかないが、ノーヴェはその者に完璧になり
「君は僕らを
ノーヴェは
「その通り。女神レガリアを盗み出そうとしたエストレイ・カーネリアンの元クランメンバーたち、そしてその代表であるガルシアは
口ぶりからすると、赤い手紙が送られてくる前から、ノーヴェはクリフたちのことを探っていたようだ。
ノーヴェの疑いは
そんな人物がエストレイ・カーネリアンの後継者として突如、名乗りをあげ、女神レガリアを
「だが、クリフ君はガンバテーザ要塞で何の罪もおかしていなかった。君はそのことがわかっていたのに、証拠を意図的に隠したんだ」
「その通りですとも。言い訳なんかしませんよ。ですが、すべての探偵騎士を
「それでも毒薬は必要なかった。絶対にだ」
「だからエストレイ・カーネリアンは死んだ。トリックも聞いたし、ボクはこれで失礼します。あとはよろしく、アルタモント」
ノーヴェはそう言うと、
テグスを引いてマントと靴を手元に引き寄せると、その姿は透明に
怪盗探偵は何もない空間そのものに変化し音もさせずに消え去っていく。
「待て!」
ラトが怒りに任せて
布で仕切られた向こう側から、解放されたパパ卿が現れた。
パパ卿はアルタモント卿を
「ラト、クリフ君。こんなに近くにいたのに、助けてあげられなくてすまなかった。それに私のレガリアの力が
「いいえ……。パパ卿は悪くありません」
ラトが言う。
そのことについては、クリフも同意見だった。
ジェイネル・ペリドットは常にラトの父親として、
しかしそれでもラトはうつむきながら言う。
「僕はくやしいのです。この探偵裁判で、僕はパパ卿の
「
「いいえ……。すばらしくなんかない。監視者はいないと判断したけれど、本当にテーブルや
「探偵騎士としての私の
パパ卿に
「……ラト?」
クリフが声をかける。
ラト・クリスタルはじっと動かずに、
パパ卿の声も聞こえていないかのようだ。
「どうした……?」
長めの前髪が
クリフは前髪をかきわけ、様子のおかしいラトの顔に触れた。
無感情な緑の瞳のなかに、
レガリアの効果でお互いの表情は読み取れない。
パパ卿はアルタモント卿からステッキを受け取り、すぐさま、クリフとラトにかかっていた
魔力による感情の
クリフはラトの顔をみて、はっと息を
その
「クリフくん……君は……」
ラトの声には、いつもの明るさはかけらもなかった。
気がつくと、
「いつも僕の相棒になんかならないっていうくせに、僕と一緒に
その言葉の続きは形にはならなかった。
それでも涙は
ラトの涙のあとは何重にも
その顔は涙で汚れきっていた。
ロー・カンやノーヴェ、そしてアルタモント卿といった強敵たちと知恵による戦いを繰り広げながら、名探偵はずっと泣いていたのだ。
クリフ・アキシナイトを失うことが怖かったからだ。
パパ卿は無言のまま法廷を出ていった。
ドラバイト卿もラトに背を向けている。
「君が僕の相棒になってくれなくてもいいよ。もう一生、僕から離れてしまってもいい。僕のことは忘れてしまってもいいから。でもひとつだけ約束してほしいんだ。もう二度と、あんなふうに命を
クリフは
自分のためを思って流される涙というものに触れたのはこれがはじめてだった。
どうしていいかわからなかった。
クリフは
これまで、誰からもそのように思われたことはなかった。
それどころか、イエルクはクリフのことを何かの実験のように
彼はよく孫の食事や飲み物に毒を
そこに思いやりや
キルフェだけが例外だったのだ。
彼女だけがクリフを想い続け、
しかし彼女はクリフのために泣くことはせず、永遠に立ち去ることを選んだ。
そうして、これまで心から彼の身を
それが何故なのか、いまならわかる。
彼らの手を放したのは、他ならぬ自分自身の手だ。
セヴェルギン隊長の言葉がよみがえる。
クリフ、次がある。
あきらめずに生き続ければ、必ず次の機会がめぐってくる。
そのときは……。
戦え。
クリフは強く念じた。
体は毒に痛めつけられてぴくりとも動かなかった。
それでもだ。
戦わなければいけない。
剣を取り、敵を
何を手に入れるべきなのか、今度こそは忘れない。
準備が必要だった。
体を休め、気力を
《クリフ・アキシナイトに正義はあるか ――おわり》
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